ARC書籍閲覧システム 検索画面 Transcription text viewer [modern translation]
 
arcBK01-0086「宿曜経
next page
Text page Edit
(8)
(6)
(1) [ 完了 ]
(2) [ 完了 ]
(3) [ 完了 ]
(4) [ 完了 ]
(5) [ 完了 ]
(6) [ 完了 ]
(7) [ 完了 ]
(8) [ 完了 ]
(9) [ 完了 ]
(10) [ 完了 ]
(11) [ 完了 ]
(12) [ 完了 ]
(13) [ 完了 ]
(14) [ 完了 ]
(15) [ 完了 ]
(16) [ 完了 ]
(17) [ 完了 ]
(18) [ 完了 ]
(19) [ 完了 ]
(20) [ 完了 ]
(21) [ 完了 ]
(22) [ 完了 ]
(23) [ 完了 ]
(24) [ 完了 ]
(25) [ 完了 ]
(26) [ 完了 ]
(27) [ 完了 ]
(28) [ 完了 ]
(29) [ 完了 ]
(30) [ 完了 ]
(31) [ 完了 ]
(32) [ 完了 ]
(33) [ 完了 ]
(34) [ 完了 ]
(35) [ 完了 ]
(36) [ 完了 ]
(37) [ 完了 ]
(38) [ 完了 ]
(39) [ 完了 ]
(40) [ 完了 ]
(41) [ 完了 ]
(42) [ 完了 ]
(43) [ 完了 ]
(44) [ 完了 ]
(45) [ 完了 ]
(46) [ 完了 ]
(47) [ 完了 ]
(48) [ 完了 ]
(49) [ 完了 ]
(50) [ 完了 ]
(51) [ 完了 ]
(52) [ 完了 ]
(53) [ 完了 ]
(54) [ 完了 ]
(55) [ 完了 ]
(56) [ 完了 ]
(57) [ 完了 ]
(58) [ 完了 ]
(59) [ 完了 ]
(60) [ 完了 ]
(61) [ 完了 ]
(62) [ 完了 ]
(63) [ 完了 ]
(64) [ 完了 ]
(65) [ 完了 ]
(66) [ 完了 ]
(67) [ 完了 ]
(68) [ 完了 ]
(69) [ 完了 ]
(70) [ 完了 ]
(71) [ 完了 ]
(72) [ 完了 ]
(73) [ 完了 ]
(74) [ 完了 ]
(75) [ 完了 ]
(76) [ 完了 ]
(77) [ 完了 ]
(78) [ 完了 ]
(79) [ 完了 ]
(80) [ 完了 ]
(81) [ 完了 ]
(82) [ 完了 ]
(83) [ 完了 ]
(84) [ 完了 ]
(85) [ 完了 ]
(86) [ 完了 ]
(87) [ 完了 ]
(88) [ 完了 ]
(89) [ 完了 ]
(90) [ 完了 ]
(91) [ 完了 ]
(92) [ 完了 ]
(93) [ 完了 ]
(94) [ 完了 ]
(95) [ 完了 ]
(96) [ 完了 ]
(112532) [ 確認待 ]
(112615) [ 確認待 ]
(112629) [ 確認待 ]
(112658) [ 確認待 ]
(1) [ 進行中 ]
(2) [ 進行中 ]
(3) [ 進行中 ]
(4) [ 進行中 ]
 熨斗(のし)は借字つまり当て字で、別名で「うちあわび」ともいう。
 広芽(ひろめ)は漢名で昆布(コンブ)である。

「のし」や「ひろめ」を祝い事に用いるのは、これらの語から縁起のよい事を連想するからである。日本人の素直に祝う心を表現したのが発端であろう。「のし」は物が伸びるということ、「ひろめ」は物が広まるという意味で目出度いことに結びつく。しかし、応仁の戦国時代以後「ひろめ」と呼ぶことがなくなり、漢名の「コンブ」のみを使うようになった。そのため、「ひろめ」のもつ祝言という本来の意味を辿ることができなくなった。

寺関係では祝い事では、「のし」は生臭い魚貝類なので避け、もっぱら「コンブ」を用いるのがきまりである。これを知らない若い者は、「のし」は祝い事、「昆布」は仏事のものと思い、法事の進物にまで「こんぶ」と書くようになったが、これは間違いである。これは「ひろめ」という言葉を捨ててしまったため起こった弊害である。

   田地
田の面積単位を「一反」という。古書では「一段」と書き表している。昔の制度では、三百六十歩を一段としていた。一歩の田地から収穫される米が人一人の一日分の消費量に相当したのである。それを織田信長が三百歩を一段と変更したのは、無思慮極まりないことだと、ある書物に書いてある。
『貞観政要』に次のような記述がある。国は人が先ず土台となり、人は衣食の充実が基本となる。君主がおおらかで恬淡としていれば、民は楽しく暮らし、君主が強欲であれば、民は苦しむ。
『曲礼』に、都の近郊に要塞が多く存在するのは政治を執り行う卿や大夫の恥であり、広大な土地が荒れて放ってあるのは官吏の恥である。父の盛政は言っていた。、村や里の場合、道端で物乞いをする者が多いのはその村の恥といえると。また、庄屋や村政に携わる者は村に富をもたらすことを工夫、努力するべきであると。 

『易伝』にも、 崇高とは何よりも富んで貴いことだと言っている。とにかく村里の財を豊かにする術は、ひたすら贅沢を抑え、倹約に励む以外にない。奢侈をおさえ、つつましやかな生活を三年           
(5) [ 進行中 ]
Google translation
(6) [ 進行中 ]
たつと自然に少し豊かになり、七年たてば食も豊かになり金銭にも余裕が出てくると言っている。『尚書五子之歌』では以下のように
言っている。民衆は国のかなめである。かなめが安定していれば国は安泰であると。

◯ 父の言。家を取り仕切るには、先ず無駄な出費をしないことである。無駄な出費とは、例えば奈良に住む者が新潟県の越後縮を買い、新潟の者が近江晒を取り寄せて着用すること、瀬戸物屋の主人が真鍮製の火鉢で手をあぶることなどである。また、地酒屋の主人が伊丹、池田あるいは岐阜の樽酒を飲むなどはみな無用の出費の最たるものである。これは、皆が、満ち足りていることを自覚できないという過ちから来るのであると。

貝原益軒先生のお言葉。倹約とは自分に関しては慎ましやかに、他人に対しては寛容にふるまうことであると。更に、父の言。村の頭身代たる者は、連れ合い、親も子もない鋸寡孤独の者や、頼る人も所もない者、また諸々の貧民を慈愛の心をもって援助するべきである、そして、村に余剰があれば、隣村、近郊に分け与えるべきであると。自分のためだけに栄華を尽くし、茶会、書画珍器を愛で、愛妾美服、酒宴などに思慮なく多額の金銭をつかい反省の心のないのは本来の理に反することであると。

   工匠
神社関係では、瓦葺を避けるきまりがある。『大神宮儀式帳』にも寺を忌み嫌い「瓦葺き」と呼ぶとある。そもそも名高い神社には棟梁で
あるたくみがいる。たくみには大工と小工がある。小工とは今の大工の弟子のことである。しかし、最近は小工も含めて大工とよぶが、これは単なる追従である。

◯ふつう、天皇の御殿のある町の家屋の構造で使う計量単位は五尺八寸を一間とする。伊勢、熱田,津島神宮も昔からこれに従っている。これは六尺を一間とする御所に敬意を表し、自粛したものである。
しかし、最近は大工も小工も施工主もこれをわきまえず六尺を一間として家屋を建てているのは、古くからの格式に反するものである。
(7) [ 進行中 ]
Google translation
(8) [ 進行中 ]
◯ 一月と二月に行われる祭礼は祈年穀である。祈年穀とは年乞である。年乞とは稲作の豊年を神にいのることである。(但し、大の月(三十日ある月/太陽暦では三一日ある月)の三十日に参宮して年越えとするのとは別物である)

八月と九月の祭りは新嘗祭で、産神に供物をして秋の収穫を祝うのである。これを穂掛けともいう。天野翁の言では、昔の暦には「ほがけ」という項目があったが、今はないと。「ほがけ」とは稲穂を御神前にかけて、神を祀ることをいう。

正生の言。この稲穂を祀ることから、今、町家が神社に収める金銭を「初穂」というのは「初穂料」の省略形であると。
時綱の言。土地の神霊風雨が潤す所や太陽と月が照らす所は大いにその恵みを受けているので、すべての収穫物の初物を先ず神に捧げ、次に君主、主に捧げて、その後で食べるべきであると。

真野時綱の言。我が国では、黄泉火食はもとより常に火を清め穢火と混ぜてはならないとしている。万一混ざってしまった場合は即刻「不浄の祓い」をするべきである。火を清めればたちまち神々に信心が通じ、結果が現れると。

禁忌にはおよそ六種類ある。◯死穢れ ◯月水(月経) ◯産穢れ(出産) ◯血忌(流産) ◯灸忌 ◯悪食穢れ
悪食とは獣肉を食べることをいう。この他に、皮をはったり、皮の鼻緒を付けた雪駄を履いて神社の境内に入ってはならない。但し、神社に鼓や太鼓などを持ち込むことは神事における例外として認められている。

社人の言。思い違いをした若衆や庄屋が春秋の祭日に番人たちに大黒舞いや歌舞伎などをやらせ、更に、禰宜、山伏、若衆、番人などが共に酒宴をし、同じ火を使い同じ食べ物を食べる「同火同食」をするのは神とその従者を穢すことになる。更に、天の神ち地の神の教に背くことになり、産神を軽視することになり、その罪は避けられない。村の穀物の収穫がわるくなるとある書物に書いてあると。

社人の言。津島の住民の家で、
(9) [ 進行中 ]
Google translation
抜け落た上顎の歯を軒下に埋め、下顎の歯を屋上に放り上げる習慣がある。軒下に埋めるのはよろしい。しかし、建物の上に投げ上げてはいけない。なぜなら、屋根の上は、神様もお宿りになる所であるから、穢してはいけないのである。すべて、抜け毛や剃った髪や切落とした爪は、みな土中に埋めるのがよい。万一誤って火中に落とした場合、悪神が禍いを引き起こすとある書物に書いてあるとか。

山伏の言。囲炉裏の中に痰や唾を吐いてはならない。吐くと火神の祟りを受けると。又、煙草の吸い殻を足で踏んで消してはならない。背くと愛宕神社秋葉権現が忌み嫌うことであるからと。

◯正生の考え。寛政以後、村民の心が卑劣になり、例えば、村の産神の大門通りの道幅を狭め、あるいは潰してしまい田畑としてまうことがあったが、そんな村々の数多くが廃れてしまったのを私はこの目で見て来た。

増穂大和の言。神が罰を与えることも福を与えることもないということは、天地不思議の霊である。
(10) [ 進行中 ]
Google translation
(11) [ 進行中 ]
(12) [ 進行中 ]
(13) [ 進行中 ]
(14) [ 進行中 ]
(15) [ 進行中 ]
(16) [ 進行中 ]
(17) [ 進行中 ]
(18) [ 進行中 ]
(19) [ 進行中 ]
(20) [ 進行中 ]
(21)
(22) [ 進行中 ]
(23) [ 進行中 ]
(24) [ 進行中 ]
(25) [ 進行中 ]
(26) [ 進行中 ]
(27) [ 進行中 ]
(28) [ 進行中 ]
(29) [ 進行中 ]
(30) [ 進行中 ]
(31) [ 進行中 ]
(32) [ 進行中 ]
(33) [ 進行中 ]
(34) [ 進行中 ]
(35) [ 進行中 ]
(36) [ 進行中 ]
(37) [ 進行中 ]
(38) [ 確認待 ]
(1) [ 完了 ]
(2) [ 完了 ]
(3) [ 完了 ]
(4) [ 完了 ]
(5) [ 完了 ]
(6) [ 完了 ]
(7) [ 完了 ]
(8) [ 完了 ]
(9) [ 完了 ]
(10) [ 完了 ]
(11) [ 完了 ]
(12) [ 完了 ]
(13) [ 完了 ]
(7) [ 進行中 ]
(5)
(9)
(19)
(3)
(2)
(3)
(4)
(2)
(7)
(15)
(4)
(23)
(26)
(2)
(3)
(4)
(5)
(16)
(2)
(3) [ 確認中 ]
(4)
(5)
(6)
(7)
(8)
(9)
(10)
(11)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
(7)
(8) [ 完了 ]
(9)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
(7)
(8)
(9)
(10)
(11)
(17)
(1)
(3)
(4)
(5)
(1)
(3)
(4)
(5)
(6)
(7)
(8)
(9)
(10)
(11)
(12)
(13)
(15)
(18)
(19)
(20)
(21)
(22)
(23)
(24)
(25)
(26)
(28)
(30)
(31)
(33)
(2)
(3)
(2)
(4)
(5)
(6)
(7)
(8)
(3)
(5)
(13) [ 進行中 ]
(17) [ 進行中 ]
(5)
(6)
(7)
(8)
(9)
(10)
(11)
(12)
(13)
(14)
(15)
(16)
(17)
(18)
(19)
(20)
(21)
(22)
(23)
(24)
(25)
(26)
(27)
(28)
(29)
(30)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
(7)
(8)
(9)
(10)
(11)
(12)
(13)
(15)
(16)
(17)
(18)
(19)
(20)
(21)
(22)
(23)
(24)
(5)
  New search next page