(2)
都御なじみ男
難波で大あたりゆへ御しらせのために
(紋) 大和山甚左衛門 大坂 竹島幸左衛門座
名残をしとふ大和山.今はなにはのふゆこまり.はや
顔見世と咲花の.都の方へかほり来る.大々あたりのその噂
見ぬ京物かたり人々の御悦び.是ぞひとへに.御なじみの
御ひいきつよき甚左殿.御下りのあと/\迄.かやうに称眉は
御悦慶.先御下り.のりこみ駕籠にのらずして.上下に
むしやわらんぢ.かごをつらせて八けんやより.芝居まで御あ
ゆみは.なには中を立てのなされかた.是名人のしるし.扨竹島
座の御勤霜月二日よりかほみせ.大名錦の草ずりに.御
役は若殿のめのと助十郎と成.すあたまに上下の出端.京大坂
両都を兼ての一ていよし.御家の鎰.家老宮内佐川文蔵
(3)
殿に渡さるゝ所 にせ物とがてんいたされぬを.誠の鎰と云ふせ
わたさるゝ所.和を兼て実あつはれ/\.次に京でなされし
六役のげい.三役なさるゝはちゑかな.初は藤や伊左に成.大臣
風に頭巾を見物へうかゞい.きらるゝ所大あたり.次に勘介
殿を相手ニして.間の山は去春嵐殿平十殿しんくしてなかれし
跡ゆへ.さのみもなく.次に勘介殿に一中ふしかたらせ.御家のかみ
子すかたで介六と成.京でたき江殿いたされし所.佐の川
花つま殿あいてに大あたり.次にわん久の所作事.諸見ぶつ
目をおとろかし.此所さて/\大大あたり次にぶん蔵殿
宝蔵ヘ入.たからをぬすみ出らるゝを始終見すまし.
すどをけやぶりしいきをい.文蔵殿を切付.たからをとり
かへさるゝ武道大でき.此たびはなには中を.一請にしての大
あたり.さすがは都の名物伝授紙子うけし人ほど
有と.はし/\まてとりさた.耳塚まで聞へ
しゆへ.これをしるすのみ
▲若女形之部
○これより風景見たて左のことし
げいにくもりなき風
くまなき月 (紋)芳沢あやめ 榊山座
三国伝来大上官.せんだん后女香の高きあやめ様.
いつもさゝぎでをきたい御姿といひしもことはり.今とう
代の諸見物.しあはせ成世に生れ合.かやうなる御
名人を下直で見るにもつたいなし.まことなるかな.今のよに
古今ひるいなき御上手末世にも又出現有まじくと.
後の世のかたり句にもなれかしと.しばいずきの
おやぢか年代記にしるし置ふとは.尤ぞかし.明年は
榊山座へ御のほり.当かほ見せ御役は.めのとこわたと
成.御子息さきの介殿松しま殿相手になり.小四殿
ほめらるゝ所よし.次になにはで金作殿相手にいた
されし.かわち通の三だんめ.かきつばたの所.たきゑ殿
(4)
(紋)五社☆蔵冨貴☆ みやこ万太夫
八くも彦のしんニ 藤田九八郎
三上縫右衛門ニ 松本友十郎
岩垣十郎平ニ 高山左衛門
大でき
大うら源八ニ 染の井半四郎
鏡山若之介ニ 勝山介十郎
お梅ニ 山下亀の丞
けいせい玉きしニ 大和川たつや
てかけおかね 清さき半太夫
しがらきぐん太左衛門ニ 宮さきぎ平太
八重梅冨太郎 さわ村みね五郎
大うら定右衛門 山村歌左衛門
玉松いなは介ニ 沢村長十郎
大当り
かごかき新兵へニ 玉川源三郎
あねおさゝ姫ニ きりなみをのへ
けいせいうたまきニ 山本かもん
(5)
とつめひらきのせりふ.さて/\夏一ばん大々当り.切に
しばられて.心をくばらしてのおもひいりいやはや妙成
かな.ことばに乗られず.今三ヶ津の極極.極無類御名人
あつはれすゞやかな風
岩間のいづみ (紋) 霧波滝江 榊山座
今みやこで芳沢どのに.つゞひての御名人になり
給ふ.過し大和山とのあい手にて.あたりをとり給ふ.
近年はせわ事やつしをあふくあそばし.御いゑの
武道はさのみあそはさずして.ひやうばん取給ふは.是ひとへ
にげいのこうしやならずや.当かほ見せは榊山座の御
つとめ.お役は家老たてわき柴さきとの.女ばうくもゐと成.
かくまいおきしひめきみを.うつてつかはせとのふみ.柴さき
どのより来りしを.見ておとろかるゝ所できました
ふみえそゑしかきつばたのばんじやうにたりやにた
り花あやめ殿にすこしもおとらぬ大当おてから/\
しとやかくらい有風
みすにからね子ニ(紋)山本かもん 沢村座
都の地をはなれ給はぬおなしみふかきかもん殿.おそらくけいせいふうは.松の
位そなはつた太夫様.ほんの太夫しよくも.此君のまねはよも成まい.
当かほみせも打つゞき万太夫座御つとめ.お役はけいせい歌まきと
成.かぶろ共に.かみこすがたて.けいせいとは新きしゆかう.尾上殿かみ
この.ゐんゑんをとはれ.はなさるゝ所もつたい有てよし.思ひがけなく長十
どのにあい.よそ事にたとへ.わが身のうへしらさるゝ所.家程あつて.できました.明年は珍らかな長十殿に出合.八重桐殿より猶できませふ
しつほりとこなれた風
山辺のゆき (紋)袖崎和歌浦 中村座
明年は重巻殿と相座本.めで度しも月十三日より.顔見せ評判よく.
御大慶に存る.此度の御役は.大しま殿むすめおかねと成.我おや悪
にくみせし故.夫彦五殿.ゑん切給ふをまへのごとく.女ばうに持給はれと.きた
らるれど.彦五殿がてんいたされぬゆへ.大しま殿腹切善心ニ.立帰り.むね
(6)
しく成給ふとき.かいげしやくのゑにてわかおやのくびつき給ふ所.新敷
我ゆへしゝ給へば.我はおやころしと.だん/゙\のうれい.きゝ事できました.武
道も所作も.やつしもよく致さるゝ.今年中は大かた.あやめ殿ふう
にて.いたされしがおなじくは.まへ/\のことく.一ぶんのげいて当を待申
大ばにしてゆつたりとした風
うな原の月(紋)松本繁巻 中村座
去冬大坂より御帰りなされて.沢村座にて評判よく.当かほみせはわか浦
殿と.相座本珍重に存る.此度の御役は.からうしがのせう歌流どの.
女はうにたつみと成.にせゆうれいのはなし.こわがらるゝ思ひ入よく.後に
夫歌流殿へ.喜世太殿ゆびを切やられしを.はら立らるゝ所.のつ
しりと家老の御内義らしくできました.惣じて此度はたのみの御役もなし.
二のかはりにはよろしき御役をまつもと様
をくゆかしいじんじやうな風
遠山のさくら(紋)山下亀之丞 沢村座
難波より御帰りいつ見ましても.にくからぬ御風俗げいも次第に.御
こうしやに成給ふ.当かほ見せも万太夫座の御勤.御役は宮さき
殿いもとお梅と成.いひかはせしおとこ.半四殿をほこりおとしへ.かく
さるゝてばしこさよし.友十殿むたいにくどかれるをいやがり.ほこりおと
しへ.心をうつしての思ひ入よし.後に長びつより.半四殿と出歌左殿ニあい
胆をつぶしいまだ敵に.めぐりあはぬとの.一通いわるゝ所.よくいたさるゝ
去年よりはげいはんなりと見へます.何とぞ二のかはりには.まへの様
な.あたりをとりたまへ.おなじみのかめ様御ひいきに存る.すうわりいやみないげい
ほまれなたかひ風
うたの中山(紋)上村吉弥 中村座
久々にて当正月より.沢村座へ御上りなされ評判よろしく.げいしやんとして
りゝ敷身の取廻しよく.当顔見世は中村座の御つとめ.お役は百人首殿.手
か懸おさごと成.いひな付の姫大次どのに.ふぎ有といわるゝ所しつとりとして
よし.次ににせゆうれいのしよさ.御家程有て見事.諸見物二の替を見る様なと評判有リ.しゆかう新敷ゆへ.あたりました.次にぎざ殿に.見とが
められ.めいわくからるゝ所よし何なされてもりこうなけいじや
(7)
見よげにしてやさしひ風
ひあふぎニ夕がほ(紋)菊川喜世太郎 中村座
さあ都御存のきく川殿.ごけの娘で名を取.一両年.なにはへ御下り.げいよほどみが入給ふ.当かほみせ中村座へ御上り.御役は百人一首殿いもと
若松姫と成.歌流殿へぬれの思ひ入.おぼこでよし.恋にせまり誠を.見せ
んとゆび切給ふ所.しとやかでよし.次にゆびのせんぎに成.其ゆびはおれが切て.歌流
殿へやりしといわるゝ所.さて/\あどのふ見へて当ました.次におやのあくしんを.とめん
が為ちりやくにほれたとのいひほどきよし.春はおしゆん程な当を取給へかし
おこゑもつはらな風
野辺のすゞむし(紋)清崎半太夫 沢村座
風ぞくじみやかにして.なにあてがふても.あぶなげのない御上手.打つゞいて
万太夫座の御つとめ.当かほみせ御役は.宮さき殿てかけおかねとなり.
わかとのみね五どの.たすけんためつれて立のかるゝとき.かめどのに.見とがめられ給ふ所.うちついてよし.諸げいよくこなされ給ふ.第一おこへがよ
いゆへ.いつとても二のかわりには.此きみこうたか.さいもんで.でかされ給ふ
是より太夫子共名寄
うきよもむあわせ
(8)
恋に手つよい風
松に藤(紋)大和川辰弥 沢
おもしろいすいた風
花下の盃(紋)芳沢千菊 榊
ゆるやかなゑ顔な風
池にをし鳥(紋)坂東富之助 沢
つよからずよはからぬ風
水辺の柳(紋)浅尾亀之助 榊
しつかなしんひやうな風
雨夜のかわづ(紋)藤田三五 中
ながめしほらしい風
蘭にうく露(紋)尾上右近 沢
にきやるしこなした風
竹に村すゞめ(紋)榊山藤三郎 榊
ゆたかにのとやかな風
沖のかもめ(紋)早川多門 中
菊の花
うつりし露の はれの顔
うらなくしたふ 君農俤
(9)
梅かえを きゑぬ雪とやながめまし
きみに見せはや けふのいとゆふ
やさしひ宮ある風
籬に卯の花(紋)瀬川菊之丞 榊
をくゆかしいもつはらな風
むぐらに琴の音(紋)上村吉三郎 沢
どこやらんゆかしい風
奥山のもみぢ(紋)山本鶴太郎 沢
すねたしやれ気な風
香林の松(紋)水木染松 榊
ゑん有つまかふ風
紅葉に鹿(紋)花染島之助 中
名をきいてにくからぬ風
祇園はやし(紋)浅尾今都 榊
いさみ有りつはな風
滝に鯉(紋)大島門之助 中
すいらしいしつとりとした風
垣ごしの梅もどき(紋)玉川市弥 榊
(10)
美けい見事な風
筆すて松(紋)霧波尾上 沢
芸にまかせて上る風
風に紙鳥(紋)尾上菊三郎 沢
香のあるきやしやな風
梅がへに香箱(紋)玉川小さつま 榊
あいらしいかしこい風
菊に蝶(紋)花垣千里 中
うちついたしつかな風
志賀の夜雨(紋)芳沢亀三郎 沢
さてもやさしひ風
沢辺のほたる(紋)大島門太郎 中
しやんとしのはしい風
袖に立花(紋)沢村峰五郎 沢
はやくもさかするあい有風
早咲の椿(紋)浅尾今久松 沢
さし杉の
よももかすし そのまより
よく/\みれば のこるあわゆき
(11)
〈挿絵〉
大殿花その笑大夫 山田甚八
かきつはたの所 大々当り
たてわき女ぼうくも井ニ 霧波たきゑ
めのと小わたニ 吉沢あやめ
大々当り
藤内治部之進 藤川武左衛門
大てき
藤内定次郎 榊山四郎太郎
藤内権太郎ニ 榊山小四郎
鳴たき源五右衛門ニ 嵐三十郎
大でけ
きぬがさ三左衛門ニ 立岡染右衛門
(紋)十二調子恵子宝 夷屋吉郎兵へ座
八ちよひめニ 瀬川菊之丞
大橋伴左衛門 山中猶十郎
あしがらたてわき 柴崎林左衛門
みたらしうだ右衛門ニ 吉田十郎兵へ
酒ニよい ねている
つるがき半六ニ 藤川平九郎
浅尾新之丞ニ 山本小しきぶ
太郎介ニ 松島茂平次
(12)
色はあつて実のない風
瀬の山吹(紋)花川いせ野 中
名とり御そんしの風
高尾の紅葉(紋)水木政野 榊
すなをよい気な風
桜にたんざく(紋)花川作弥 榊
一声あつてかはいらしひ風
三光の鶯(紋)立岡久菊 榊
すゝどからぬ思ひつく風
花壇にしやくやく(紋)山本源之丞 榊
ひんなりとさらりとした風
ゆりのはな(紋)袖崎妻之助 中
花々しいきをいある風
ぼたんに獅子(紋)芳沢竹五郎 沢
さかしいしなやかな風
雪中のきく(紋)榊山玉岸 榊
塩竃の
もしほたくなる 夕煙
もゆる思ひを
哀とや見ん
(13)
藤の花
むらさきにほふ下風に
むすびとめたる こひのたまづさ
物しづかなついついた風
しくれに蔦の葉〈は〉(紋)芳沢崎之助 榊
太夫位ゑんある風
松に初霜(紋)柴崎百太郎 中
ほつとりとすいた風
橋に杜若(紋)松本八津三郎 中
一つけいすゝしい風
美女がたき(紋)山本歌松 沢
きよふそたちな風
御手洗の水(紋)上村菊太郎 榊
愛有しつこからぬ風
菊のませがき(紋)沢村林之助 沢
思ひ入すてらぬ風
床のなげ入(紋)菊川和田五郎 沢
わつさりとあいきやうな風
春野の小鳥(紋)藤田金重郎 沢
(14)
のどかにしやんとした風
ひはりに糸ゆふ(紋)篠塚政之助 中
ふだんしつほりとした風
富士の雪(紋)宮崎竹三郎 榊
きれいさわやかな風
氷にもみぢ(紋)沢村吉三郎 中
しんとして思ひまさる風
山寺の鐘(紋)松山大吉 沢
すいなにくけのない風
軒端の梅(紋)藤田蔵之助 中
わこうこなれた風
波にうさぎ(紋)山本小しきぶ 榊
けいきのよいはつとした風
花見まく(紋)芳沢重次郎 榊
うれしいすなをな風
文に片袖(紋)花山音之助 中
桜川
あらしにつれて行水の
ありしむかしを したひこそすれ
(15)
山ざくら
われにてしりぬ 春はなを
わすれもやらず かゑる雁がね
御きりやうくらいある風
井上に桐(紋)藤田大次郎 中
いつもてこゝちよひ風
十五夜の月(紋)菊川京之助 沢
やかましいにきやかな風
林にせみ(紋)滝井万太夫 沢
はつねしほらしい風
梅にうくひす(紋)菊川しのぶ 沢
あしからぬおほこな風
難波の入江(紋)浅尾常松 沢
いきこみきつとした風
梅に竜(紋)早川小勝 中
花れいなりゝしい風
菊の会(紋)和歌山庄松 中
きやしやすへたのもしひ風
霞にちとり(紋)佐々木新四郎 榊
(16)
花やかなむすめ風
まどに蘭木(紋)波野江かるも 榊
愛しらしいしたわるゝ風
杉にをだまき(紋)藤田小三郎 中
はてに見へてやさしい風
秋野の草(紋)花川さもん 榊
すうわりと愛しらしい風
柳につばめ(紋)滝井数馬 沢
はしかいうつりのよい風
藤の下かげ(紋)坂東豊三郎 沢
いきをいはりのかひ風
竹ニ虎(紋)榊山たもん 榊
とをめも見さめのせぬ風
岩根の切島(紋)山本くも井 沢
うるはしいおもわくな風
うへごみに芥子の花(紋)柴崎冨五郎 沢
あさがほの せきよふ花に
おく露も
せゞにこゞろをまといこそすれ