酒典童子

(4)

酒典童子第一
それ我朝は粟散遍土と申せとも 久
かたのあめひらけ あらかねの地かたまり
しより ちはやふる神の瑞穂の御国とし
て すへらきのかしこき御世にいたり その
徳風あらたにさかんなれは ひろき御めく
み 四方にあまねく ふかき御いつくしみ
世にしけかりき十日の風 枝をならさね
は国土をのつからおたやかなり 五日の雨
つちくれをやふらざれは 人民まことにゆ
たかなり されは国をおさめ 民をなて給
ふ道 尭舜のまつりことにもこへつへけ
れは 四海浪しつかに 関の戸もとさゝ
ざるところに 人皇六十よ代のみかと 一条

(5)

院の御宇におよんて 洛中に一つの災
なんおこり 九条の人民おほくうせほろ
ふことありけり 好事もなきにはしかしと
いふに いはんやこれは上下のさはき 万人
のなけきなれは 悲しんてもあまりある
ものをや いまた一人二人みえさるあひた
は もしは男の心にひかされ もしは女の情
によはり 身をいたつらに跡をかくすこと
もやと あやしみなから さて過ぬ後には
あそこ爰に 子をとられ孫をとられて 
なけきさけふ声おひたゝし やんこと
なき公卿うんかくの姫君たちも あまた
うせ給ひぬ 御行衛たつね給へと 死生
さらにあきらかならす これたゝことにあ
らす ひとへにてんまのわさなるへしと 君も
ゑいりよおたやかならす すなはち公卿
せんきまし/\けるか むかし神武天皇
あまつひつきのくらゐをはしめ給ひし
より このかた国をめくみたみをなて給ふ ま

(6)

つりこと もつはら神徳をかゝやかし給へり さ
れはやしまの国もゆたかに 四の海浪しつ
かなる事 日々にあらたなり しかるに欽明
天皇の御宇に仏教わたり 聖徳太子し
ゆつせして 三ほうをひろめ給ふより この
かた仏法わうほうあひともに まんきのま
つりことつとめ給へは いよ/\国家安全なる
へきところに やゝもすれは きねんにをよん
ては兵乱おこり さいなんいてきて 人民
のなけきとなるこそ あさましけれ これ
しかしなから とき末法にきし 世澆末年に
いたるゆへか さがの天わうの御ときも 洛中の
人民行方なく うせほろひしを こうほう
大師におほせて 御きたうをはしめられ
けり そのしるしにや いくほとなくやみにき
 いまもそのれいにまかせ 御きたうあるへし
とて 諸寺しよさんより きそうかう僧を
めされ大ほうひほうをおこなはれしかとも さ

(7)

らにそのしるしもなし 人のうすることい
よ/\はなはたしく 女をとらんとてはお
つとにけんじ 男をとらんとては女にへん
す 又は父母おちめのとゝなりて たふらかし 
とるといふほとこそあれ 洛中の人民 ひる
ともいはす よるともなく 門木戸をとち 
いゑ/\をさしふさき 人にもあはす 人をも
いれす おめきさけひなきかなしむこゑ 
ひまなかりけり すてにみやこのさはき  
もつてのほかなれは そのころ陰陽のは
かせ あへのはれあきらと申て 神人の候し
を きんちうにめされ うらなはせ給へは

(11)

(挿絵)

晴あきらかんかへ申ていはく 今日の御うら
かた 御つゝしみかろからす わさわひのこん
けんをたつぬれは 王城よりにしにあたつ
て 大江山禅定かいはや といふ所あり かの
いはやに 酒てんとうし と申きしんすめり
 その身通力自在なるうへ おほくのけん

(12)

そくをめしつかふ かれら四方に飛行し
て 人民をかいし ろくちくをころすこと かく
のことし さりなから 我朝は神国なり 又仏
ほうさかんなり ちよくめいをなし武勇
をもつてたいちせられは やす/\とめつ
ほうつかまつり候へし と申けれは 君も臣
もたのもしくそおほしける このはれあき
らと申は あへの仲麿か門葉 大膳大夫
よしきか子なり 賀茂やすのりを師と
して 天文道をつたへ 神通をえたるめい
よのはかせなり されはやくしの十二神
をもめしつかいぬ 一とせ命つき めいどに
おもむきけるにも ゑんまわうよりかへし
給ふて そせいしけるものなり 先朝の御
くらゐをすて給ひ 花山院へいらせ給ひ
し夜も このせいめいそ みとかめ申 そうもん
したりけるとかや かゝるきたいの神人な
れは せん文すこしもあやまつへからすとて
 ぶしをゑらませらるゝに その頃天下名

(13)

をえたるゆみやのたつしやおほき中に
 たゝのしやうぐん満仲のちやくし 摂津の
守よりみつこそ まうほんぶりやく 世にす
くれ ことに神に通し へんけのものゝお
それすといふことなかりけれは すなわち頼
光をきんていにめされ 近年らくちうに
 人民おほくうせほろふこと 丹州大江山ぜ
むぢやうかいはやにすめる しゆてんどうし
かしよいなり なんぢいそきかしこにまか
りむかつて たいぢつかまつれ とのちよ
くぢやうなり よりみつかしこまりて申
されけるは 朝敵ついたうの勅定をかうむること
 弓矢の面目にて候へ共 是は人りんのたく
ひにあらす 通力へんけの鬼神なれは 凡
夫の力にては たやすくめつはうしかたく
候はんか と申されける

(挿絵)

(14)

(挿絵)

(15)

その時くわんはく殿仰られけるは むかしより
わか国は神威あらたなるによつて 王命を
そむくものゝ 天はつをかうむらすといふ

(16)

ことなし そのかみてん智天わうの御宇に 
ちかたといへるぎやくしん ちよくぢやうに
いはいしたてまつる かれをほろほさんとし
給ふに かれ四人のおにをめしつかふ事 ある
ひは大風をおこして きじやうをやふり あ
るひは洪水をみなきらし 官兵をな
やます あるひは身金石のことくにて いる
やもたゝぬきしんあり 又かたちをかくし
て きをふいにとりひしく かやうにじん
べんをふるまへは たやすくせむへきやうも
なかりしに 紀の朝雄朝臣といふ人 ちよく
をかうふり かの城へむかひしか たゝかひを
ばやめて 一首の歌をよみ おにの中へそ
つかはしける
  草も木も 我大君の国なれは
  いつくかおにの やとゝさためん
四人のおに この歌にめてけるにや 我
王土にすみなから 違ちよくの臣にした
かふへからすとて こくうにあかり うせけれ

(17)

は千方〈ちかた〉はさうなくうたれにけり その外
すかるかいかつちをとり 蔵人かさきをいた
きし例 みなこれわうゐのいみしきゆへ
なり いはんや君はあまてる太神より 三
十七世にあたらせおはしまし聖主賢
わうのきみにおはします しかるになんちは
ぶようちりやくのたつしやなり 王威と
申まうほんといひ いかてかたいち せさらん
 なかんつく ほうしやう朝臣もふようの
兵なれは おなしくめしくすへし とそ
おほせける よりみつかさねてしさいを申
におよはされは りやうじやう申て たゝれけ
り しゆく所にかへり まつつな公時貞光
末たけ等の 四てんわうをめしいたし
ちよくちやうのおもむき申きかさる その
後 保昌朝臣をよひたてまつり かくと
つけ給へは をの/\大事のおほせなりと
きようふす 中にも つなと申は勇力第一
のおのこなり 先年一条むらくものはし
にて きしんをうでをきつておとしたる

(18)

大かうのものなれは 思案におよはす計
略をもめくらさす すみやかにうちむかい
給へと いさみけるを ほうしやうの朝臣申さ
れけるは 王命をうけたまはり 敵をうつ
兵たれかはいさまてはあるへき さりなから
かの童子と申は つうりきへんげのきじ
むなれは たやすくあさむくへからす わ
たくしの勇力をたのみ かさをしにう
たんとせは かへつてりをうしなふへきこ
と 一ちやうなり むかし さかのうへのたむら丸
 ちよくめいによつて 高丸をうちけるも わ
か身の勇猛〈やうまう〉をたのます 清水のくわん
ぜおんをしんじ じよじやうをあふきた
てまつりしかは ことゆへなくかれをほろ
ほしけり されは当時も かのれいをまなん
て 氏神のかごをもつて ぶりやくをかゝ
やかさは ほんゐをとけんかと申されけれ
は よりみつも四てんわうも しかるへし
とて このぎにそ同しける よりみつは
げんしの武将なれは 氏神正八幡宮
へさんけいし給ふ ほうしやうは としころ

(19)

そうきやうし給ふにつれて くまの山へ
まいり給ふ 四てんわうはすみよし四所
明神にさんろう申ける

(24)

四てんわう すみよしにまうてけることは む
かし神功皇后の 三かんをたいらけ給へ
るとき すみよし明神はしやうぐんと
なり すはの明神はふくしやうぐんとな
りて かうくうをしゆこし いてをたいらけ
給ふこと あれはそのれいをあふきた
てまつるゆへとかや いまとても君を
まもりの御めくみ なんそあさからん さ
るほとに神託あらたに おの/\御む
さうをかんしけるやしろなり 中にも
よりみつは七日にまんする夜のとらの
一てんに かたしけなくも八まん大ほさつ
 八しゆんにあまれる老翁とけんじ あ
らたにつけてのたまはく ふてんのした
そつとのうち いつくかわうちにあらさる

(25)

や しかるをちよくめいにそむきて いとをな
やまし侍る てんはつなんそなからんや す
みやかに行むかつてうつへし さりなから
わたくしの武ようをたのみ たせいをも
よほし うちよせは かならすうちもらす
へし をの/\法力をたつとみ 山ふしの
すかたとなつて むかふへし 翁も かたの 
ことく ちからを 合せ申へしとて 御身より
ひかりを はなち 内陣にいらせ給ふとお
ほしくて 夢さめ ぬよりみつはあまり
のたつとさに 七度のらいはいをまいらせ
下向し給ふ ほうしやうも 四てんわうも お
なしく霊夢をかうふり下向す おの
をの神託の けつゑんなることをよろ
こひたてまつり すなわちやまふし
のすかたにいてたちたまふ そもそ
も山ふししゆぎやうと申は 大しやう
ふとう明わうのそんひやうをかり ゑん
のうばそくのぎやうぎをまなふこと
なれは おの/\しやうじんけつさいを

(26)

つとめて しやうそくす まづときん
といつは五智のほうくわんなれは
 十二のゐんゑんのひたをすへていたゝ
き 本有舎那のかきのころもは 肉身
赤色をひようして せん達のみそ こ
れをちやくす くゑのまんたらのすゝか
け たいざうこくしきのはゝきをはき さ
てまたやつめのわらんづは 八ようの
れんげをそふまへける うしろに お
へる ふちをひは ひ母のたいなひを
ひようし 骨肉皮をわかつとかや おいの
なかにはちうだいのよろひかふとをい
れ おの/\てうほうの太刀かたなをそ
 さゝれける

(28)

まづ頼光のおひには 月かずと申て
 ひおとしのよろひに しゝ丸とかうして
をなしけの五まいかふとに くわがたう
つたるをそ入たまふ たちはちすいと

(29)

申て 太神宮よりたまはりたるてう
ほうなり このたちと申は むかしさが
のてんわうの御とき さかのうへのしやう
ぐんたむらまる はうきの国ゑみのこ
ほりのちう人 大原の五郎大夫やすつ
なといふ めいよのかぢをめしてうたせ
られしけんなり たむらまるこの太刀
をもつて すゝかの御せんとつるぎあ
はせし給ひぬ 又ぎやくしん高丸を
たいらけたまひてのち いせ太神宮
の御ほうてんにおさめらる そののちよ
りみつさんぐうしたまひつるとき 太
神宮 なんぢこのつるきをもつて 朝
家をしゆこしたてまつれと あらた
に御たくせんまし/\ 夢中にさつ
け給へるなれは 神慮をあふき 今度
このけんをそさゝれける やすまさのお
ひには からかねと申て むらさきいとの
おとしのよろひ おなしけの三まいか
ふとをそ いれられける 太刀はこのころ

(30)

びせんのくにのぢうにん 助平といふ
かぢか三年しやうぢんけつさいして 
七重にしめをはり きたいいだせる
けんなるを 懐剣くはいけんとかうしてひさうの
太刀なり ちかころ信州とかくし山
にて へんげのものをしたかへしも この
けんとそ聞えし
さて つなかおひには おもたかといひて もよ
ぎいとおとしのよろひに おなしけの五
まいかふとをそ いれられたり 太刀はおに
きりとかうして 源家ぢうだいのたから
なり このけんと申は よりみつの父たゞの
まんぢう ちくせんの国みかさのこほ
り土山といふところに いてうよりわた
りて 文寿といへるめいよのかちの候
けるを みやこにめしのほせ けんをうた
せられしか かのかちほんふのちから
にて たやすくかなはされは 百日しや
うじんし 八まんの御ほうてんにさん
ろうし 七十五日にきたいいだせる剣

(31)

なり おそらくは ゑんの太子かひしゆ
のけん かんのかうその属鏤の剣ともい
ひつへきれいけんなり まんぢうなの
めならすてうほうして これをもつて ざ
いくはのものをきらせてみたまへは ひ
げをくわへてきりけるゆへに ひげき
りとなづけらる そうりやうなれはより
みつこれをさうてんしてもたれけるか 
ちかきころ羅城もんにへんけのもの
のすみ候て ゆきゝのものをなやま
すと聞えしかは つなにこのけんをかし
たまはつてつかはさる つなはかしこに
むかつてしるしをたてしに たちまち
かのおにいてて たゝりをなしけるを 
きつてをとしたるゆへに おにきりと
はなつけけり かゝるめいよのけんなれは 
今度も給はつてはいたりける きん
ときはうすかねといふくろかはおとし
のかつちう 浪きりといふ太刀をはけ

(32)

り さたみつはたてなしとて こさくら
おとしのかつちう いしきりといふ太刀を
はけり すゑたけは花かたといふから
あやおとしのかつちう あざ丸といふ
太刀をはく この剣と申は ひせんのくに
よしをかのちう人 もりつねといふかちか
うちたるとかや さてもこの たひらくや
うに 男子とられ 女子をうしなふ き
せん上下おほかりし中に やんことなき
くきやうてん上人 三十六人とそきこえ
しその中にも むねとの人々池田の
中納言 八てう中納言 花その中納
言 ほりえの中書なとよりあひて 
今度よりみつをおにか城へつかはさる
こと ちよくめいといひ ふりやくといひ 
うちすましたまわんこと うたかひな
し これしかしなから 世のためなから ひ
とへに身のよろこひなれは いさやかの
人々はなむけをまいらせ かとてをいはひ

(33)

申さんとて いろ/\のざつしやうをとと
のへおくられけり 頼光は吉日えらひ 
すてにかとでし給はんとするとき 大
にはへ ながびつあまたかき入たり こ
れはいつくよりの御さつしやうやらん
と おの/\あやしみ侍る所に なかびつ
の中よりも しゆ/\大瓶〈へい〉大つゝさん
かいのちんぶつをとり出し ひろゑんに
つみならへつゝ これは池田の中納言殿 い
けなにかし たれかしの御かたより 頼
光ほうしやう四天わうへ 御かといてをい
はひ申さるゝよし申けれは 六人の人々
このよしを御覧して めてたし/\ 
さらはいくさ神にたてまつり かと出
をいはゝんとて 夜とゝもに酒えんを
なし給ふ 興たけなかはに 酔にく
はしぬれは めん/\はよろこひ いさま
しきまいをまはる つなはけんをさし
かさし はく太わうかおにをうちしと

(34)

ころをまへは きんときは 張子けか と
らをからめしありさまをまなふにそ
やたけこゝろもあらたにいさむ おもひの
かす/\に のゝめきわたれは いつしか
けいめいあかつきをつけ しのゝめの空も
ほの/\とあけ行 道にたひたちた
まふ
そも/\よりみつは源氏のとうりやう
武家の大将ぐんなれは すまんのぐん
せいをともなひ給ふへきところに 神託
にまかせ たゝ六人をしたかへつゝ す万
のきしんをたいらけんとて はる/\
と大江山にむかひ給ふ 心のうちこそお
そろしけれ されはこの六人は よのつねの
兵千き万きにまさりたる猛将な
れは けにたのもしくそ みえにける み
やこをは また夜をこめて にし川や
なみちをわけて あし引の 大江の山の
ふもとなる いくのゝ里につき給ふ 山の
とうけより あやしけなる人三人あら

(35)

はれ出たるをみれは 一人は八しゆんに
およへるけたかき老翁なり 一人は五十
あまりのますらを いま一人は四十はかり
の男なり 山中にすみたる人ともみえ
ぬありさまなれは 六人の山ふしたち 
これはもししゆてんどうしかけんそく 我
等かこゝにきたることをさとつて へんけ
してむかへきたるかとおもふ所に 老
翁けたかき声にて きやくそうたち
はいつくよりのおかへりそ とたつねらる 
よりみつ これはつくしひこさんより 大
みねかつらきしゆぎやうして それより
みやこにのほり 山陰道にかゝつて本
こくへとをり候 と申さる 老翁あら
せうしや この山ふしたちは 初心のそう
にておはするゆへにこそ かゝるなんじよ
をはへ給ふなれ そのうへとうこくに大
江山とかうして 天下にきこえしおにか
すみかの候なり いまたしろしめされ候

(36)

はぬか と よりみつ又とはれけるは さてそ
のおには いつの代よりこの国にはすみ侍
るそ いまもあることに候かと 老翁こた
へていはく むかしひゑいさんにしゆ天
童子といへるきじんありしか でんき
やう大し かの山をひらき こんほんちう
だうをたて給ふとき 仏陀のせめを
うけ かの山をおひいたされ あの大江山
にちをしめて みやこのへんとにわう
ぎやうし 万民をとりうしなふ 我ら
もみやこあたりにすみ侍るものにて候
か つまや子を かのおにゝとられ かなし
みのなみた いまにかはくことなし し
かるに つの頼光 かのきじんをたいら
けよとせんじをかうふり この大江山
にむかひ給ふよしふうぶんす もしさ
もこゝ翁もかの御あとにしたかひ
入て かたきを一うらみうらみはやと存
するゆへに この所にしはらくやすらへ候し

(37)

やうやく日暮候へは きやくそうも爰
にとゝまり給へかし それかしそんじの
やとの候へは いらせ給へかしとそ 申され
ける

(3)

(4)

酒典童子 第二
六人の山ふしたち もし しゆてんとうし
かつうりきをもつて われらをたはかる
かと うたかひ/\かの人々のあとにつき 
たひのやとりにつき給ふ こゝにて頼
光の給はく さて二人の人々は いつくの
人にてわたらせ給ふそと とはせ給へ
は 一人はくまのさんのものなり いま一
人は津の国つもりの浦にすみ侍るなり
とて こたへ給ひける さてはこれとても た
ひのとも さそ御つれ/\に おほすらん 
これにけうかる酒の候を きこしめされ候
なんやとて おひにつけたるさゝゑをと
りよせ 一こんをすゝめけれは 老翁も
二人の僧人も ことによろこばしけにて 
三ばいつゝそ くみ給ふ よりみつは神に通
し給へる人なれは はしめよりこの三人
をは たゝ人とはおもひ給はす そのうへ
老翁は みやこあたりのものとおほせら
るゝは 八まん大ほさつ おとこ山いわし水

(5)

におはしますゆへなるへし 一人はくまの
の山にすむと仰らるゝ すなはちくま
のゝごんけんにてわたらせ給ふへし いま
一人は津の国つもりの住人との給ふは
うたかひもなきすみよし大明神なり 
せんしの使のあとにつき ともにかの
きしんをうらみんとのたまふは 三神わ
れらを助成じよせいし給ふ事 れきぜん也 
とたのもしくそおほしける 老翁さかつ
きをさゝけてのたまふやう きやくそう
たちはいつれも かうけんしゆとくの行
者とこそみたてまつれ あはれ法力を
もつてかれをたいらけ 給へかし さあらは
一せつたしやうの御りやく うへなき御し
ひにこそなるへけれと 頼光われらしや
もんのきやうぎをまなひ候へは しや
しんしても人をたすくへき道には ちか
つき候はんとそんすれとも きゝ申てい 
かのおには通力のものにて 千万にへん
けするとうけ給はれは なましゐにわれ

(6)

ら六人行むかはゝ たゝおに一口にくらは
れんは一定なりと 老翁またのたま
はく 法力はへんげのものもあさむき
かたきいはれあり むかしゑんのぎやうし
や かつらき山にこもり ふとうのしんし
ゆをえたまひ 四方のきじんをかり
出し給ふ時 さしものしゆてんとうし 通
りきをうしなひつゝ ぎやうしやの前
にかうへをつけ 末世におゐて三ほうを
たつとみ きやうじやをうやまひたてまつ
るへしと かたくせいやくを申ぬ そのゆへに
いまもかれらきやくそうたちには手をさゝ
ぬなり かしこにむかひ童子にたいめん
ありて このさけをあたへ給へ 大どくの
さけなれは はなはたゑい候へし 時刻
よからんとき 翁も出てあい ちからをあ
はせうつへし 又かのどうしは神通をえ
たれは 人の心をさとるなれは かねてこの
かふとをたてまつる これをめされなは 見
しることあるへからすとて しろかねにて

(7)

はちつけに 九ようのかたちあらはした
る かふとを手つからとりいてて 頼光
にさつけ給ひける

(9)

はしめよりたゝ人とはみえ給はさるに 
かゝるとくをほとこし給へは うたかふ
ところもなき三神のけゝんそと お
のをのかつがうのおもひをなし給ふ  
さてかの酒をはさゝえにいれ おひのわ
きにそつけられける かくて夜もはや
あけかたになり 行〈かう〉人征馬せいはのこゑ
もかすかなりけれは めん/\おひをか
たにかけ たひのやとりをいてられしか か
りそめなから一夜のとも なこりおし
くおもひしに 三人の人々は道しるへ申
さんとて きやくそうのさきにたちて あ
ゆまれけるそ たのもしき 大江山といふ
はたんばの国 しのむらのさとに じやの
すめるいけあり いけのひかしにある

(10)

山をそ大江山とは申なり おとにきく
せんちやうがたけはあれそかしとて 空
をはるかにみあくれは 万仞のせいへき
つるきにけつり こゝそふもとなりと
て そこをかすかにみおろせは 千ちや
うのへきたんあゆにそむ 鳥にあらす
むはかけりかたく けだものにあらすん
はわたりかたき 山河なり 山ふしたち
は いかにすへきと たましゐをひやすと
ころに 三人の人々は 三十丈になん/\
たる谷川を かる/\ とむかひのきしへ
とひこみ 十門にあまれる くすの木
の大木を やす/\とひきたはめ たに
かはへかけわたし給ふほとに 大路を
とをる心ちして 山ふしたちはわたり
給ふ かくて山路に わけのほりたまへは
雲のかけはし あやうく かすみのそら す
さましくて 心をなやまし きもをけ
す もとより人跡たへたる けんかくなれ

(11)

は さうたいみちなめらかにして あしひ
やゝかなり 白霧さかしきを うづん
て まなこくらめは さしも勇力のともから
身をちゝめ 心をまよはし はいあかり いさ
りおるゝ有さま よそのみるめも あやう
かりけり されは三人の人々は 前後に立 か
けりさかしき所をは 手を引てたすけ
のほせ あやうかりし道をは うしろをかゝ
へていだきあけ給ふ

(13)

ばんじやく道をよこきれは 谷へこれをま
ろばし 大木みちによこたはれは ね
引にしてそ すてらるゝ まことにぼん
ふの所為ともおもはれす 龍伯公か
ちからわさも かくやとおもふはかりなり
 六人の人々に この三人ちからをそへたま
はゝ たとひきじん千万もあれ たやす
くたいらくへきものをと たのもしくそ
 おもはれける かくておほくの けんなんを

(14)

しのき行けれは おにか城もちかつくか
とおもへは いふせきいはの ほらにそ入
にける くらきことあんやのことし 月日
のひかりもなし とりけたものゝこゑも
なけれは 物すさましく おそろしき
ことは もろこしにありときゝし あんけつ
たうも かくやらん しらす 我おにのすめる
めいどにまよひきたりて いきなから地
こくにおちけるかと さしもにたけき
ますらをも いきたる心ちは したまは
す ふかき山路はさなきたに 雨なくし
て 空翠つねにころもを うるほせは 
露けきそでのすゝかけ いとゝしほ
れて みえにけり おの/\夢にみち行
こゝちして あゆむともなく たとるとも
なく こゑをたかひのちからとして よ
ろほふとそみえしか やう/\あかき山
路に 出にけり

(17)

人々いまは よみかへるおもひして しはし
いきつきゐたれは 三人の人々 これこそ
きこふるおにか城にて候へ すなわちこ
の川につきのほり給はゝ くたんのけん
そくおほかるへし かまへてさはき給ふ
ことなかれ それよりおくに入 しゆてんど
うしにたいめんあらんとき くたんの酒
をすゝめ給へ かさねてわれ/\もまかり
いて 御ちからをあはせ申すへしと のたまひ
すてゝ あさきりのまきれにたちかく
れ給ふか こくうにけたかき御こゑを
のこし 我はまことに人けんにあらす 八
まん大ほさつ すみよし かすかのけけん
なりとのたまひて 雲中にひかりをけ
むし うせ給ひけり 六人の山ふしは あ
まりのたつとさに かしこにむかひ 七度
のらいはいをまいらせつゝ かの御をしへに

(18)

まかせ なかれにそふてかわかみに行
 のほり給へば 水のいろ ちに和してそ
なかれける ぐれん大ぐれんのちごく
とは これやらんと たかひにめとめを見
あはせ あきれてそ まよひ行にける
 こゝの年のよわひ 二八あまりの女は
う みめかたち あてにうつくしきか きよ
うなる衣に くれないのはかま ふみくゝ
み 河のはたにおりひたり 血にまみ
れたるこそてをすゝくものあり 人々
これやかのけんそくともか われ/\を
たふらかさんがために 女にけしやうし
たるにこそと あやしみたちわつらひけ
れは かの女はう やまふしたちを見
まいらせ そも/\いかにしてこの山へ
はいらせ給ふそ おそろしきおにのい
はやとも しろしめされて おそうた
ちはあやうかりける 御いのちなり こ
れよりとく/\かへり給へ さなくてわ

(19)

れらに まのあたり うきめをみせさ
せ給ふへしとて さめ/\ とそなきにける 
つなあたりへたちより さて御ことは
いかなる人なれは かゝるおそろしき おに
か城に 女の身としてすみたまふ
そととへは 女はう なく/\ われはみやこ
中のみかと 花そのゝ中納言には ひと
り姫にて候しか すきにしはるの頃 
おにゝとらはれきたりつゝ うき身なから
に露の身の そのまゝきえもうせすし
て いまゝてもなからへ候そやとて また
さめ/\とそ なきにける さては うたか
ひもなき みやこ人なりと きやくそう
たちも いたはしくおもひて そゝろにた
もとを しほりけり 頼光のたまひける
は おにゝとらわれし女はうは 御身一人
のみにて候かと 女はうなく/\ みつからに
もかきらす くにかた ちうなこんの御む
すめをはしめて 三十六人とらはれ

(20)

ておはしけるか あけくれは いはやの
うちにこめおきぬ ばんにわかちて と
うじかまへにめしつかはる すこしも
心にたかふときは こゑをいららけ いか
る いかつちのはたゝくほとなれは い
きてもあられぬところに 身より血
をいたし 酒に和し すい しゝむらをす
き 五たいをさきて さかなとして くら
ふ これをきゝ かれをみるにも きも心も
きえはてゝ 一日へんし 人の命なからふ
へきすみかならす それにつきても いた
はしや ほり江の中書とのと申せし人
のひめ君 このほとは ばんにあたらせ
給ひて やるせもなき御ありさまに
みえ候か けさのほとに 御身をしほり
 血をとりて 酒につかまつり候か これは
その人のめされし衣なり 血にまみれ
けるを けふはわらわかばんにあたり
ぬれは この川にいてゝ あらひ侍る也

(21)

かやうに身のちをしほらるゝこと 人の
うへとはおもはれす いまはわか身に
かゝり候そやとて 声をあけてそかな
しひける

(23)

頼光あはれにおほしめしけれは まこ
とをあらはし よろこはせたけれと
も 女ははかなきものなれは もしこう
くはいもそあると心つよくて これははる
かの つくしひこ山のやまふしなり かゝ
るおそろしき おにのすみかをは 露
わきまへすして わけまよひ候こと ぜ
むぜのむくひとおほゆ このうへはこれ

(24)

よりかへらんことも なんぎなるへし と
しころの行徳のほとをもみたく候へは
 かのおにともを 一いのりかぢしてみは
やとそんするなり もしかうふくせしめ
候はゝ 御身をはしめ三十六人の女はう
たちを みやこへくしてまいるへし なん
ほうたのもしくおほしめされよ しかれ
はこれより おにのいはやまてのあり
さま じやうのうちのやうたい あら/\
かたり給へとあれは 女はうなみたを
 をさへ まつこれより数町をへ候へは
 ばんしやくをつきあげ そのうへに
せきへきをかまへ くろかねのもん 二重
にかまへたり 門のうちとにおそろし
き きじん三十二人 おの まさかり やり
ほこを もつてしゆこす このうちへいるこ
と 人りんの身として かなふへからす その

(25)

所をすきぬれは いしたんあり あかゝ
ねの門あり 門のうちに宮殿あり くわ
はいてんといふ しゆてんとうしおり/\
このところへしゆつしして きやくを
もうけ けんそくをあつめて さかもりす
るところなり それをすくれは くろか
ねのついぢをつき くろかねの門をたて
 おなしく二重のろうかくあり このろう
かくに 四てんわうときこゆる 四人のおに
 おほくのけんそくをあひぐし しゆごす
 これよりおくへは みな/\のきじんゆか
す そこをすくれは 又三重のくうてん
 くろかねをのへてつくれるあり いかめし
きこと いふはかりなし これそしゆてん
とうじかしんてんなれは 左右の大臣
と聞ゆる いしくま かなくまなといふ
 身にちかきけんそくとも 四はうをけい
こす くうてんのめくりには 四せつの四
きのけいきをうつしたれは もろこし
の八けいもさなから こゝにきはめたり

(26)

うちには また 都よりあひくしたる女は
うたちを 日ことにばんをかへ 五人十人
つゝめしつかふ そのほか きんぎんしゆき
よく れうらきんしうの 山かいのちんく
はを 心にまかせとりあつめたれは ほう
らいさんも めのまへにあるそかし 大ほん
てんのゑいくは きけんじやうのけらく
も わか身にはよもまさらしと つね/\い
ふに合せて よもにおそるゝものなく
 うへにあかむへきかたなしとみえたり と
りつはさたにもかけらぬ 山のおくなれ
は まして人りん行来たへたり た
とひけんなんをは しのききたるとも
二天四てんの悪きとも こんがう力士
ならゑんかちからをもつて 四方八方
をあひまもり 山をひこすり 岩をさ
くほとのけんそくら ひばん たうばん

(27)

をむすんて こゝのせまり かしこのつま
りに かくれゐて 日夜にこれをけいごす
 しかるにきやくそうは わつか六人のぶん
として たやすくがうふくし給はんこと
は 法力や行徳いかほとつよきことや
らん そはしらず おそらくはたうらう
かをのにてこそ候へけれと 時うつるまて
かたり給へは さしもにたけき人々も これ
をきゝては 身のけもよたつはかり也
 さるほとに六人の山ふしたちは をしへ
にまかせ行給ふか あんのことくおひた
たしきかんかくあり 石階をのほりて
みれは いしのついち くろかねのもん有
 うちよりけいごのおにとおほしくて い
るい いぎやうのへんけのもの 二三十
人とひ出たり かたちはせきかん こぼ
くの身に あかゝねのはりをのへたる毛〈け〉
ひしとおひ みゝなかく はなたかく くち
ひろく きばおひて おもてはしゆをとひ

(28)

たる色のことし かしらにつるきのやう
なるつのおひ 日月のことくかゝやける
まなこを見ひらき 六人の山ふしを
 おに一口にくはんとて とびまはり
 とひちかふ 又はてつぢやう ほこやり をの
まさかりを もつて がいせんといさむあ
りさま なにゝたとへんかたもなき おそ
ろしきけしきなり されとも この人々
は 日本第一のかうのもの まうほん勇武〈ようぶ〉
のめいしやうなれは すこしもさはくけし
きなし たとひきじん 何万にもへんけ
よ 太刀のかねのつゝかんほとは 一々にきつてす
つへきこと あんのうちなりと がうせいの
いさみをなし たちのつかに てをかけ 一あ
しもしりそかす にらみかへして立たる
は げにもきしんよりは おそろしき
ありさまかな

(32)

頼光 せんたちの行儀にて まつさき
にすゝみ給ふか これは九州ひこさんの
山ふしか 大みねかつらきしゆぎやうし
て 山陰道にかゝり 本国へおもむくと
て かゝるところにきたりたり しかるを
なんちらそうきやうのけしきはなくて
 ひろうのはたらき つかまつるは たゝいま
ふだうみやうわうの御はつをかうふらん
やつはらかな すみやかにしりぞき候へ
 さなくはおのれら一/\に 明わうのさく
にかくへしとて いらたかしゆすをを
しもみ給へば きじんらこのよしうけ
たまはり さてはうけたまはりおよへる
 山ふしたちにや これはかみにもあかめ
給へる 御ことなり いそきこのよし うか
かひ申さんとて どうしへかくとつけけれ

(33)

は とうし長寿殿にて 女はうたちに
あしさすられいたりしか このよしを
きくよりも おもひよらすや 山ふした
ちはたゝいまは なにとしてこの山に
いらせ給ふらん よし/\先中門へしやう
したてまつれ これはたつとき御人
そ あしくあたつてばつをかうむるな 
とうしもやかてまかりいて たいめん申
はんへらんと 申けれは おにともいよい
よおそれかしこまり かたはらにくつふ
くするほとに 六人の山ふしは いかめし
きけしきにて 二重のもんをうちすき 
くはいはいてんのみぎりなる 中もん
へうちあかり まつ/\おひをおろし
をき しはらくいきをつきて あしを
やすめておはしける こゝろのうちこそ ゆ
ゝしけれ

(4)

酒典童子 巻第三
かねて氏神たちの御たくせんもあら
たなりしかは 人々さりともと おほし
けるところに てりにてりたる日のひかり
 にはかにかきくもり なる神 いなつま
しきりにて 雨しやちくをくたき 風大石
をとはし 木をおり 大地おひたゝしう
 しんとうするほとに こはいかにてんちも
くつるゝかと おの/\きもたましゐを
ひやしけるか 時うつるほとにて 又空はれ
たり かくてはれ行 きりのまより その
さますさましききじん 十よ人 い
ろ/\の兵具をたいして 左右にわか
つて いてきたりけり すはやこれこそ酒
てんどうしよと みれはかのおに ゑんの
うへにくたつて 二きやうにならふ しは
らくあつて 又 大地あらけなくなりう
こき あたゝかになまくさく ゑもいは
れぬわろきかする風 ふききたるほ
とに むねのわろさ いはんかたなし たゝ

(5)

いまそ大地もうちかへすにこそと むね
うちさはく所に たなひく雲のまき
れより み山のことくなるもの ゆらめき
いてたり しゆてんとうしといふは これ
なるへしと 人々うかゝひみれは そのた
け二丈はかりにて おもてのいろうすあ
かふてれり かみをはかふろにかたのまはり
にきりまはしぬ かうしおり物の小そて
の下に くれなゐのはかまふみくゝみ
 びんつらゆふたる二人のとうしの かたにかゝ
り をほやうに やまふしをまほりつゝ お
の/\は かうその行者さへ いまたいらせ
給はぬ 山中なるを いかてたゝいま おは
しつるそ 爰はことに鳥けた物さへつう
ろなき けんなんなるを しのき給ふことの
ふしきさよと いかれるけしきにて申けれは
 身もけもよたつて おそろしや

(7)

よりみつ申されけるは これはつくし ひこ
さんの山ふしにて候か はしめて大みね
かつらきしゆきやうして みやこより 山

(8)

陰道にかゝり 下向せんとつかまつり候
ところに 山みちにふみまよひ 御あた
りにすいさんのてう おそれてこそ候へ
 しかれとも我等は出家の身なり 御身は
とうしのかたちなり されは山にては
とりわき 一ちご 二さんわうと申て 神
よりもあかめ侍れは しやもんにたいし
いかて御なさけなかるへき あはれみをた
れ給ひ 本道をゝしへ給ふへしとそ
のとき どうしことのほかに やはらきつゝ
 われ/\も きやくそうたちの御ことは へ
つしてをろかにおもひ侍らす そも/\ ほ
うは万法 行はまんぎやうと申すに
も よろつの行の中に 山ふしたちの行
ほと ものうきことはよもあるまし かほと
さかしき山路へ しやもんの行とくお
はせすんは なにしにのそかせ給ふへき
 むかしおの/\の先祖 ゑんのうばそ
く かつらき山にいらせ給ふとき 我らを
あはれみ給ふこと いまにわすれかたく

(9)

そんし候へは いかてか御ふち申さゝる
へきけしかるすまいに候へとも しは
らくこの所に御やとをめされ 御きうそ
くましませかし まつこなたへいらせた
まへとて くわてんへいさなひ侍りけり
 六人の人々 すこしもおそるゝけしきな
く どうしかざせきにひとしく なみゐ
給ふ そのとき どうし きやくそうたちは
山中にまよふて つかれもこそしたま
はんすれ 酒一つたてまつれ いかに/\
と申けれは おそろしけなるおにとも
 さけとおほしきものを るりのつほに
なん/\とたゝへて いたきいつれは おなし
くこかねのてうし さかつきもち出て よ
りみつのまへにあひむかふ これはいか
さま 人をころし ちをしほりてつくり
たる酒なるへしと おの/\いふせく お
もへり よりみつ申されけるは 御心さし
のほと ちかころしゆせうにそんし候 し
かれとも われらひものたい内をいてし

(10)

より このかたいまた禁戒をおかさす
しやもんの行義をかたくまもり候とこ
ろに いまさらをん酒をやふらんこと 明
わうのせうらんはかりかたく ゆやごんげ
むの御ばつ おそろしくこそ候へと どう
しほいなげにて あらおもひよらすや
沙門なれはとて 酒たち給ふこと心えね
そも/\酒といふことは 我朝には神代
よりはしまり あまのたんなけさけ やし
をりの酒とてこそ ことさらしやうくはん
したまふなり いこくには杜康かれをつく
りそめ 仙術をえたりし このかた慈
童かきくのしたゝりに ちとせのよは
ひをたもちけるも 酒のいとくとうけたま
はる されはさけは百薬のさい長なり
十とくの喜名あり いかになさけなく
すてらるへきや よりみつ さやうにめて
たき物に候へとも 我法にはふかくこれ
をいましめ侍るうへ 酒をとつて人に
のませたらんものは 五百しやうかあひ

(11)

た てなきものに むまるゝと 仏は とかせ
給ふなれは いはんやみつから のむならは
こんじやうにて たのしみすくなく かな
しみをまねき 来世にては ならくに
しつみ くをうくること 世々につきずと
候へは もつともおそるへき 物にてこそ候
へ とうし 又いはく さやうに 出家の酒のみ 
ならくに しつむことならは いかてか 盧山
の遠法師は 詩をつくり 酒にかへ 淵
明にのませ 我ものみ ゑいにくわして 虎
渓を過しやらん こゝはことさら 山路の
おく したゝるつゆのきくの酒 なにかは
くるしかるへき 恐れ給はて のみ給へ とう
し心み候て せんたちへ申さんとて なん
なんと 三はいうけ よりみつにこそ さし
たりける あるし さかつきはしむるは お
にのみといふは これなり よりみつ この
うへは のかるへきやうなかりしかは たふ
たふと 一はいうけて 見給ふに 色あかふに
こり なまぐさく ゑもいはれぬ あちは

(12)

ひなり さて 御さかなと ありしかは
持つらねたる さかなには 時しも 秋の山
くさ きかう かるかや きくの花 をにあざ
み われもかう おにみそにつけし かうの物
しをにといふは なに草そ おにのし
こ草と申は おにか城におひたるゆへ
に かくいふか さてよりみつ 三はいくんで
もち給へは とうし こひうけ 三はいくん
て ほうしやうにさす ほうしやう すこしも
ためらはす 三ばいのみて つなにさす 綱
のみて したひに きんとき さたみつ す
ゑたけにいたるまて いつれも 三はいつゝ
やすらかにそ のふたりける とうし こ
こちよげにて きやくそうたちは とれと
れも 上戸なるものを 先たちは いつ
はりを のたまひつる物かな さらはと
うし かひさうの御さかなを いたし奉れ
といへは 色うるはしき 女はうのもゝ たゝ
いまきつたると おほしきを まないた

(13)

に をしのせて 持出たり よりみつ これ
をみて あらめつらしの 御さかなや せん
たち はうてう つかまつらんとて こしの
かたな ひんぬいて 三刀四刀きつて むす
むすと くひ給へは 当座にさふらふおに
とも 色をうしなふてそ みえにける

(15)

その時 酒てんとうしは よりみつのけし
きを つく/\ と うちまもり あのせんた
ちの おもかけを よく/\ みれは まなこ
のうちも かほさしも 頼光に いみしく
に給ふ物かな かのよりみつはいふは 勇
猛の 神通のものにて候うへ はかりこと
さかしく ちからつよき 男なり そのより
みつか めしつかふものに つな きんとき
さたみつ すゑたけ とて 主におとらぬ

(16)

大かうのものともあり かの つなといふや
つは いつそやも むら雲の橋にて これ
なる いららぎか うでをきりたる しれも
のなり されとも わたなへの老母に へ
むして かのうてをは とりかへしぬ わか
つうりきをえ こくうをあまねく 飛行
するところに よりみつ以下の しれものに
道を せはめられ 通力をも うしなふこそ や
すからねと きしよくあしげに みえけれ
は 座席も 物さひけるを よりみつ
は さる めいしんにて おもしろく いひのへ
らる たとひ かの頼光 ならゑんか ちから
を ふるまふとも いかて かゝるいかめしき
御あたりを おそれでは候へき とうし け
にもこのあたりへは たとひ 天下をつく
してむかふとも 物のかすにや おもふへき
とおほやうに申けれは 六人のひと人は
おそろしくも おかしくも おもはれける 頼
光 それかし いゑつとのれうに みやこよ
り さゝえを一つ もたせて侍るか けうかる

(17)

酒にもや候らん めさるへきかと 申されけれ
は とうし 心ちよげになりて ちかしう 都の
酒 のふたることも 候はぬに 珍しくも の給ふ
物かな はや給らんと いひけれは おひにつ
けたる さゝえをとりよせ つな しやくに
たちけれは これも又 とうじ のみはしめたり

(19)

さしうけ/\ す十はいのみて後 我昔 
ゑいさんに候しとき つねは かやうの酒を
のみて候 この所に わたりて後は つゐに
たへたることもなけれは まことに大せ
つなりとて さしうけ/\ のむほとに 
はや三十はいそ のふたりける さかつき
の かすはつもりぬ わつかのさゝえの 内なれ
ば 酒はつきぬへきと おもふところに うつ
せとも/\ さらにつきさるこそ ふしき
なれ とうし はやよほとのみゑひたると見
えてかほのいろ ほけ/\と あかく まなこ
のうちも とろ/\と ましろけり そのと
きよりみつ ひゑい山より この山へは な
にしにうつり給ふそと とはせ給へは
とうし われむかしは ひゑい山を 重代の
すみかと さため 星霜を ふりしところ
に おもひまうけぬ 伝教といふ ゑせ法
師に あふりやうせられ候ほとに あまり

(20)

のいこんさに 一夜に 三十丈の 楠木とな
つて 一のきすいを みせしかは 大師坊 一
首の歌に
 あのくたら 三みやく三ほたひの 仏たち
 わかたつそまに みやうかあらせ給へ
とよみ給ふ程に 三世のしよ仏 十はうの
さつた こと/\く 大師に御ちからをあ
はせつゝ 我に出よと せめ給へは つゐにか
なはす をひ出され 身はいつくとも さ
ためなき 霞にまきれ 雲にのり 飛
行の道に あくかれつゝ あまさかる ひな
のなかちや とをゐ中 めくり/\て あ
さか山 うへなきふじの を山より あるひは
たて山 はくろ山 行末なにと しら山や
となみの山にも やすらひて こゝろつくし
に ひこ山 太山 白峯 大みねの 善鬼は も
とより 友なれは しはしは たちより侍る
なり かやうに めくりめくれとも 心とゝま
る かたもなけれは なをもみやこの ほとり
ちかき この大江山に地をしめて しはし

(21)

やすらひ侍るところに 又 こうほう大師
といふ ゑせ法師 われをがうふくする
ほとに いかにも あんとしかたくて いつし
かこゝをも たち出つゝ 中有の天を たて
ぬきに 東西南北に あくかれ行候へは い
くほとなく かの大師 入定せられ候ほとに 
いまは心やすく むかしのあとに かへりき
て かゝるすまゐを つかまつる きのふけ
ふとはおもへとも 二百よさいに はやなり
ぬ しんりんは申におよはす 鳥けたもの
さへかけらぬ おくの深山なれは としころ
ひころ かくれすましてありけるを 今日
御僧達に みあらはされ つうりきを うし
なふはかりなり さりなから 御僧は 
じひの御すかたなれは いかてあいみんな
かるへき かまへて/\ このありさまを う
きよかたりに したまふなよ 頼光かき
かんも おそろしく候よと あさましけ
にかたりけれは 心中には かたはらいたう お
もはれしかとも おの/\ さらぬていにもて

(22)

なし 山伏の法は みたらなる行義候は
す 御心にかけ給はて たゝ/\酒をめさ
れよと とり/\になくさめ しゐけれは
とうし いまは 通力も うせけるにや よほ
と 山ふしたちに たふらかされ さしうけ
さしうけのむほとに あまりのことにや
けうかる こはねをいたし 歌うたふを
きけは
 うちみには おそろしけなれと なれ
てつほひは 山ふし と 二三へんそ かなて
ける あまりに酒ゑんかおもしろけれは
女はうたち これへいて給へ それ/\と
よへは 花のやうなる 上らう女はう 二人 
としのよはひ 十六七とみえしか柳の
五かさねの下に くれなゐのはかまをち
やくし よは/\としてたち出 どうしかそ
はにそ ゐたまひける これそまさしき 
みやこ人 やんことなき人々の 御むすめ
と あはれにはおもへとも をの/\ よそめ
してこそ ゐたりけれ かくて 盃 たひ/\

(23)

かさなりしかは とうし あまり のみゑ
ひけるにや かほとたへなる御酒を とう
し一人 のみたらんも きよくなし みな/\
も これへまかりいて かやうの名酒を のみ
をきて 後の世の 物かたりにつかまつれ 
いかに/\と よはゝれは うけ給り候とて 
いさみ すゝめる おにともは たれ/\そ 先
二天といふは いしくま かなくまなり 四
天といふは 青熊 あかくま しろくま く
ろくまなり そのほか ゑんら あしゆら
あほう らせつのおにとも こゝのいはや 
かしこのほらより うちむれ/\ いてつゝ
く おの/\ 位次にまかせて ざはいする
にや あるひは ひさしに ゐるもあり 中
門に ざするもあり あるひは ゑんにかしこ
まり 庭にかしこまるものも おほかりけ
り さて 二天より さかつきを はしめて 四
天にくたり それより 次第/\にのみまは
し のみあけ のみおろし 四五へんも と

(24)

をりけるに とうし うんのきはめなれは ち
ゑのかゝみも くもりけるにや けふは まれ
人の御出なれは とのゐもけいこも よしお
かれよ おの/\ やくしよを ゆるし侍らんに 
百はいのみをはしめよと申けれは おにと
も そこはすきなり けふあることにおもへ
は いかてか いなみ申へき さしうけ/\ の
ふたりける時に いららきといふ鬼 酒
にふかくのみゑひけるにや あふぎをつ
とり をかしきふりして まひをまふ 
そのことはをきけは 
  あたらしき 都のさかな こゝにきて
  ゑいをすゝむる あきの山風

(26)

頼光をはしめ 六人の人々 にくきこと
をも申けるかなと むねんにはおほしめ
さるれと 時いたらすして あしくとかめ
しそんしなは こうくはいすとも ゑき

(27)

あるましと しりよふかく 心をしつめた
まひけり つなは たまらぬ男にて し
や かのいららきか くひのほね たゝ一うち
にと おもへるけしき 色ほかにあらはれける
を よりみつ めくはせして つよくせいし
給ひけるほとに つなも心えてやみにけ
り 事いてきたらんは あやうかりしこ
とゝもなり 日ころ このおにともは 通力
しさいを あらはしぬれとも いま 神
の御はつを かうふるゆへに おほくの とく
しゆを のむほとに 心もみたれ まとひ
て あたりに しゆてんとうしか ゐるにも
おそれす 礼義をわすれ さほうをみたり
上は下となり 下は上にましはり 入ちかへ
みたれあひ さいつ さゝれつ 興 あるて
いにそ みえにける おりふし いららき
かまへに さかつきの候しときに 綱 
あふきひらき 立ちてまふ
 としへたる おにのすみかに 風あれて
 花はのこらす ちりやうせなん 

(28)

と ひやうしをふみ 三度うたひ すまし
たりけれとも おにともは 酒にこそ心は
しみたれ 歌のことにも とんぢやくは
せさりしかは あへてとかむることも
なし

(30)

すてに日くれ 夜に入けれとも なをしも
めくる さかつきの かすかさなれは 有明も
天も花にや ゑらるらん さるにても 酒
てんとうしは おほくのどく酒 六こんにしみ
わたり めくるめき 五たいよはり 次第/\
に心もみたるれは いまは座中に たまり
えす いかにせんたち それかしはあまり
にのみ ゑい候へは ゆるさせ給へ しはらくや
すらひ候へし かた/\は これなる女はうた
ちを ともとして 夜とゝも しゆえん
して あかさせ給へ 明日又 御めにかゝるへ
しといひすてゝ つゐたちて ゆくと見
えしか あしもとはよろ/\と たゝよふか 
いさよふる雲 おりしきて いつしかに 
めにみえぬ おにのまの あら海のしやう

(31)

し をしあけて よるのふしどに いりに
けり のこる けんそくの おにともは しゆ
てんとうしか ねやにいりたるにも かま
はす どよめき くるひ のむほとに 六
人の人々とり/\ さま/\に しひのま
せ給へは いまははや 六ふ九穴にも あ
まりけるにや かうべをかゝへ 身をもたへ 
こゝのした かしこのかけに あふきたふれ
て うめきすめく ありさま たゝいませ
めにあふへき身ともしらす さこそ 殺
害のむくひ れきせんなりと いひな
から あまりあさましくそみえし

(4)

酒典童子第四
おにともは こゝかしこにふして しゝたるこ
とくなれは よりみつは へんしも この人々
に よろこはせはやとおもひ 二人の女房た
ちを ちかつけ さて いかなる人の御そく
ぢよたちそや さこそ 古郷もなつかし
く 父母もこひしくおほしめすらめと 
のたまへは ひめ君たち これは 池田の中
納言のそくぢよ 又 花そのゝ中納言のひ
め君なりける おそろしき所に とら
はれきて いまははや みとせになる こき
やうのなつかしさ 父母のこひしさ たゝお
ほしめしやられよ さても さきに人々 さか
なにし給ふこそ 堀江の中書殿のひめ
にて候へ おほき中に かの人と われ
われ三人は ことさらむつましく いひ合せ 
うきもつらきも ともにかたり なくさみ
しに かやうに あへなくなり給ふを 見

(5)

ては いつしか我も かくうきめを みんす
らんと かねておもふそかしとて さめ/\
とそ なかれける 頼光 あはれにおほえて 
いまはふかく なけき給ふへからす かた/\
をたすけむかへ奉れとて みかとより われ
われを こゝにむかはせらる これは源氏の
大将頼光なり あれは藤原のやすま
さ これは四てんわう等なり かやうに
おにともを たはかりふせて候へは か
れらを 一/\にたいらけ ひめきみた
ちをは こと/\く みやこへぐそくした
てまつるへし 御こゝろやすく おほしめ
せ ぢこくもうつり候はぬさきに はや
はや しゆてんとうしのすみかへ みち
ひきてゆかせたまへと くはしく申
されけれは 女はうたちは うれしさ
たとへんかたもなし

(8)

さるほとに 六人のやまふしたちは 二人の
ひめ君をさきにたて しゆてんとうしか
ふしたりし しんてんへそおもむかれける
きゝしにこへて いかめしく をそろしか
りけるろうかくをとをりて くろかねの
門に入 あかかねの門を出たり ひころこの
もんには けいこのおに あまた候へは 風
ならて とをるへき物もなかりしに か
のばんのおにとも ひめもすの酒に ゑい
ふし 前後もしらされは とひらをさす
におよはすして やす/\とそ とをり
ける そこをすきぬれは あかかねをもつ
て 三重にかまへたる ろうかくあり 東
西へも 南北へも 二三町ありぬへき お
ひたゝしき所なるか 中門のひさしに 
がくあり 武功開運楼とそ かいたりける 
二人の女房たち やかてこのあなたに 見

(9)

ゆるこそ とうしかふしたるところよと 
をしへ給へは さてはみな/\ このろうか
くにて 物の具をし給へ ろうかくの名も 
うんをひらくとあれは さいはひなるそ
かしとて よりみつ をひの中より かつ
ちうとり出し ちやくし給へは おの/\ をひ
おろし よろひかふとを きたりけり 頼
光は 八まん大ほさつのあたへ給へる ほし
かふとに 師子丸といふかふとをかさね
てそ き給ひける

(11)

おの/\心中に いくさ神を くわんじやう申 
その後 かいうんろうを たちいてゝ行給へは 
又 大なる門あり つねは 四天 このもんを
まもるといへとも いまは きんへんにさへ ゐ
されは みな らく/\とそ すき行ける 
それより 行さきをみれは これそ とうしか
ふしとゝ おほしくて くろかねの くうてん

(12)

雲にそひへて いかめしく ものすさま
しけにみえけれは こゝにて 人々も む
なさわきこそ したりけれ やう/\ くう
てんに ちかつきみれは そのあたりには 
四きのけいきをまなへり おそろしき 
おにかいはやなれとも そのけしきは 
さなから みやこにことならす まつ ひかし
をもてを みてあれは はるのけしきと 
うちみえて 梅とさくらの咲みたれ 柳
のいとのはる風に なひく霞のうち
よりも 鶯のこゑすみわたり 軒ちか
くさきける木々の色 いつれの木末
も花なれや みなみをもてを みてあ
れは 夏のけしきと うちみえて
はるをへたつる かきほには まづ卯の
花やさきぬらん いけのはちすは露
かけて みきはすゝしきさゝなみに 
水鳥あまたたはふれつゝ しけみかち
なるこすゑの空に なくせみのこゑあは

(13)

れなり 夕たちとをるほとゝきす な
きて夏とやしられけん にしは秋かと 
うちみえて 四方の木すゑももみ
ちして ませのうちなるしらきくや 
霧たちこむる野辺の末 こはぎの露
をわけ/\て こゑ物すこき鹿のねに 
秋とのみこそしられけれ さて 北をなか
むれは 冬のけしきと うち見えて よ
ものこすゑも冬かれの くち葉にをける
はつ霜や 山/\はたゝしろたへの 雪に
むもるゝ谷の戸に 心ほそくもすみかま
の 煙にしるきしつかわさ 冬としら
するけしきかな 四季のていの おもし
ろさに そゝろに時をうつしけり それ
より とうしかすむといふしんてんに い
たりてみれは 酒徳長寿殿と かける
がくあり 時々大地ゆるき いかつち せう
せうなりうこく こはいかにと 人々 あやし
み給へは 女房たち これは とうしかよくね
いりたる時には いつもかやうに はないき 身

(14)

ゆるきの かやうにおひたゝしう きこえ
侍るなりと 申されけり さてをの/\ 
うちへいらはやと思ひ こゝかしこ 戸ひらを
をしてみれは うちより くわんぬき つ
よくさしたるとみえて すこしもゆる
かす これまてとなりて いかゝすへきそと 
あきれまよへるけしきなり されとも
神の御力を あはせ給はぬことは よも
あらしと をの/\ うちかみの御なをとなへ 
しはらく合掌し給へは いつくよりかは
きたり給ひけん くたんのおきな三人 
こつぜんと あらはれいて給ひ いしくも 
これまて おはしつる物かな さりなから 
なを/\大事なり すこしも心ゆるし
給ふへからす とうしは 通力のものなれは
たとひ くひは うちおとすとも むくろは 
地をうこかし ふるふへし かねて このな
わにて 左右のあしてを よくからめ 前後
のはしらに しめつけ給ふへしとて く

(15)

ろかねのなはを 四すち あたへらる さ
て かの左右のあしてに 四人 むなもと
に 一人のりかゝつて すなはち 頼光
は くひをおとし給ふへし これかしごくの 
大事なれは 人々かまへて をくし給ふ
な とうしかくびをおとしなは のこり
のやつはらは 千万人ありといふとも 
こゝろにくからす いまはこれまてなり 
いとま申て たちわかれ給ふか げにも 
戸ほそを ひらきまいらせ候へし
とて 一ゆすり 二ゆすり をしたまへは 
くわんぬき みぢんにくたけつゝ かゝみの
戸ひら 左右へくわつとそ ひらけたり 
まことに ありかたくも かたしけなくも 
人々はおもひ給ひけり

(19)

かくて 三人の人々 うちへいらせ給ふと 
見えしか 御かたち いつちともなく うせ
給ふ さるほとに 頼光 ほうしやう 四てん
わう とうしかまくらにたちより そのけ
しきを みたまへは ありしにかはり

(20)

たる へんけの姿 そのたけ 二丈あま
りの 赤鬼となつて かしらは やしや  
つのは 木ぼく おもては しゆをときたる
かことし まゆにおふる毛 あかかねの
はりのことし 口はみゝまてきれ つる
ぎのことくなるきば 左右にをひち
かひ ねふれるかたちたに さも をそろ
しく すさましくて あたりへよるへき
やうそなき 夜のことなれは ぜんごにと
もし火 あまたかきたて いろ/\の兵
ぐ をの まさかりを あたりに ひしと た
てならへたり まことに 神たちの 御助
成 ましまさすは 人力をもつて いかてか
これを たいらくへきそやと おの/\ しん
ちうに 氏神の 御名をとなへ きねん
にゆたんし給はす とうしかあたりに 
女はうたち 四五人 おはしけるをは かた
はらへ しのはせ申 さて 神々のおしへ給
ふことく 左右のあしてを くろかねの

(21)

つなにて からみつゝ よものはしらに し
めつけ 四てんわう そこをおさへゐたり ほ
うしやうは むないたにのりけり より
みつは 剣をぬき なむや 八まん大ほさ
つ 力をあはせおはしませと 念しつ
つ ゑいといふて きりつけ給へは たい
ほくの たふるゝ音して くひはうしろに 
おちけるか をつるやいなや まなこを 
見ひらき 空にあかれは むくろも同し
くあからんとするを 五人の人々 をこゑを
いたし 力をあはせて おさへけれとも 
これを ことゝもせす はねあからんとし
けるか あしてにかゝれる くろかねのなは
に 通力もうせて 空にあからねとも 四
すぢのなはを 三すぢまてきりた
るは あやうかりける ことゝもなり さ
て くひは 天にも あからす くろ雲の内
に うつまひけるか いかつちのことくなる 
こゑをいららけ 鬼神に横道なきも
のを なとなさけなく 山ふしたちは 
我をたはかり給ふそとて くちより ど

(22)

くを はきいたせは おそろしなんと い
ふはかりなし そのとき 頼光 つるきを
さしかさし なんぢ いまた しらすや 
をとにもきくらん めにもみよ 我はつの
かみよりみつなり なんぢ ふてんの下
にすみなから そつとのたみをとりう
しなふ いそきむかつてたいらげよと
の ちよくちやうをかうふり ほうしやう 
四てんわうもろともに この城にわけ
いりぬ 王城といひ 天ばつといひ のかるへ
き所なけれは かやうになんぢを ちう
はつしたるそと たからかにの給へは とう
し なを/\ いかりをなし よりみつな
るをしらすして かやうにたはかられ
けるこそ 口をしけれとて こくうより
とひさかり よりみつのめされたる か
ふとのしころに おちかゝり かふと一重
をくひぬきたれとも 下に ほしかふと
をき給ふゆへに 頼光は つゝかも ましま

(23)

さす

(25)

とうしも やかて つうりきうせけるにや 
くひは てんよりころひおちて やかて 
むなしくなりにけり すなはち かたな
にさしぬき かたはらにひそめらる さ
るほとに しゆてんとうしか さいこにい
かりし声は 百千万のいかつちよりも 
まことにはけしう おひたゝしかりけ
れは こゝかしこによひふし 前後もし
らさるおにとも ねみゝにきゝつけて 
おとろきさはき おの/\ 兵具をおと
つて かしこにはしりむかふ ひるの山
ふしともかしわざよと いふほとこそあ
れ あますましといふまゝに 六人の人
人を 中にをつとりこめ 前後左右よ
り せめかけ/\ きつてかゝるありさま  
山もくつれ 地もさくるはかりなり され

(26)

とも よりみつ ほうしやう 四てんわうは まう
ほんふようの めい大将たちなれは 
すこしもさはくけしきなく 大ぜい
の中へ入みたれ くもてかくなは十もん
しに さん/\にきつてまはるほとに 
おもてをむかふるものそなき

(4)

(5)

酒典童子第五
されとも ゑんわうといへる 大ちから つ
なをめかけ かゝりつゝ引くんて うち
ふせんとす つなも 大ちからのかうの
もの たやすくせうぶはなかりしかと
も つゐにあやうかりけるところに ほう
しやう このよし見給ひつゝ いそきはし
り かゝつて うへになつたる ゑんわうか 
ゆんてのかたさき 水もたまらす きつ
ておとせは 大ちからのゑんわうも ふた
つになつてそ みえにける ほうしやうは 
太刀をつえにつき いはほによりて 
しはしいきつきゐ給ふところに 四天
の随一 しろくま よきかたきとおもひ 
とんてかゝる おりふし きんとき 中に
へたゝりしか ねかふ所のさいはひ
かなと をかみきりにうちつけしかは い
さみすゝめるしろくまも から竹はり
にうちわられ 左右へさつとそわかれ

(6)

ける あかくま このよしみるよりも の
かすましとてはしりかゝるを さたみつ 
中にさゝへて もつたるほこをうはひ
とり けさがけきりにそ うつたりける
つなは 大ちからのゑんわうに くんて ち
からもよはりけるにや 石のうへにこ
しをかけ しはらくやすみゐたるを 
あをくま くろくま 二人 左右より
きつてそかゝりける つなは きこふる 
かうのもの いかてか すこしもためら
ふふへき いはのうへより とびをり 三
尺はかりなる大たちさしかさし まづ
さきにすゝめるあをくまを よこて
きりといふものに づんときつてお
とせは あとにつゝけるくろくま この
いきをひにへきゑきしてか いふつて 
にげけるを よりみつ 道にさゝへ給ひ 
いつくへゆかはのかるへき かへせや/\といふ
まゝに 三尺三寸のつるぎをかざし をつか
け給へは 黒熊 けにもとや思けん 引返し 

(7)

たゝかいしかは 毒酒にゑいみたれ 前後ふかく
にみえけれは やみ/\となつてうたれけり

(10)

そのほかの おにとも こゝのつまり かし
このせまりに おつかけ/\ きりふせける
ほとに しかいのかすは さんのみたせる
かことし 血は沢鹿の川となり 紅
波たてをなかすとも かやうのことをや
申へき きじんのよたう いまはこれま
てと おほゆるなり さるにても みや
こより とらはれき給ふ女はうたちは 
三十よ人とこそ聞へつるに みえきた
り給ふは 十人にもたらす よの人/\は
いつくにかおはするやらん たゝし おにと
もに くらはれ給ふかと おの/\ うたか
ひをなし 女はうたちを むかへ とひた
まへは その人々は これよりおくの いは
やにこめられ給ふか 口には いしの戸

(11)

ひらをたてたれは おもふこと かなひかた
し そのうへ そのいはやをは 二天とき
こふる いしくま かなくま 二人しゆこし
侍るそやとかたり給へは よりみつ さ
らは かしこへ行むかひ 二てんをちう
して 女はうたちをとりいたし奉らん
とて いはやをさして行給ふ 道すから
のありさま いふせさ いふにはかりなし 
人のしかいはかすしらす あるひは ばん
じやくの下に うつみをけは しうゑはみち
てはうちやくし ふにこと/\くらんゑ
せり 雨にされたる しらかうべ てあし
あばらのほねともは いさごよりもお
ほく 草よりもしけかりけり さて い
はやにたちよりみれは まことに 
いしの戸ひら 引たてたり されとも し
ゆごの鬼神はゐさりけり 人々 いまは
こゝろやすくおほしつゝ いしの戸びら
をおしあけて うちへいらせ給へは あん

(12)

のことく 女はうたち 廿四人 をはしけり 此
人々を御らんして よろこひたまへる
そのけしきは たとへは つみふかき しゆ
じやうか 地こくにおちて あほう らせ
つに かしやくせられ てつくつにこめられ
侍るを 六道のうけの地蔵ほさつ し
ひの御すかたをもつて てつくつに
入給ふを ざい人がみたてまつり よろこ
ひけんありさまもかくやとおほえて あ
はれなり たうりなり ことはりなり ひ
ころ やんことなき人の御むすめにて 
おちや めのとに かしつかれ ゑいよう
ゑいぐはをきはめたまひしひと/\の  
なもおそろしき おにがいはやに とり
こめられ 三とせの日かすを こめたまひ 
いまゝても 御つゝかなくて なからへ給ふこ
そ ふしきなれ いまはすこしも なげ
かせたまふへからす 人々をむかへ とりた
てまつれとのせんしを この六人のも
のに 下されたり いまはかやうに きじん

(13)

のたぐひ ほろほしぬれは みやこへ す
みやかに くそくしたてまつるへし そ
れにつき みやこに 人々おほからん中に 
さやうに御ことたち うきめにあはせ
たまふことも まことに ぜんぜのむくひ
にてこそ候へけれ いかにしてかは とり
てきたり侍るそやと とはれけれは 女
はうたち おなしやうに のたまひける
は その時は おにともいさしらす ある
ひは 母ごの御すかたをまなひ ある
ひは めのとかありさまとなつていひ
よるほとに なにこゝろもなく あいみゆ
るを 中にひつさけ こくうにあかれは あ
つとはかりの一声にて いきたるこゝ
ちは露なけれは いつのまに この所へ
きたりけるも しらす たゝ夢の心ちこ
そし侍れ もしたゝいま 人々にたすけ
られ候ことも 夢ならはいかにせん うつゝ
ならは ときのまも すみやかに みやこへ
かへし給へ 恋しき父母をもみせてたへと

(14)

て りうていこかれ かなしみ給へは よりみ
ついげの人々 さしもにたけき兵なれは
人々の心のうち さこそおはすらんと 哀に
思ひやり そゝろに袖をぬらし給ふ

(17)

かゝりける所に 大地 おひたゝしうゆるき 
風 木をゝつて ふききたる こはいかにと 
人々 きもをつふし そなたをきつと見
てあれは さもいかめしき 鬼神二人 くわ
ゑんをちらして ほとはしるありさま た
た いなつまのことくなり 六人の人々 おの
おの太刀をぬきかさし よせくる鬼を
はたとにらんて立たりけれは 二人のき
じん よはゝりけるは これは 酒てんとうしか
左右の大臣 いしくま かなくま 二天とは
我ことなり とうしは さしも客僧と見
たてまつり そうきやうを つかまつりし

(18)

に かやうにたはかり うちたるこそ やすか
らね 主君のかたきよ のかさしとて い
かつちのおちけることくに 六人かうへにと
ひおち 中につかんて あからんとするを 鬼
一人に 三人につゝとりつき ひきとむれは 
さしもにいさめる 二人の鬼 つうりきも 
たちまちうせはてて 大地へかつは
とおちけるを 六人の人々 たちわかれ 
二人の鬼にとりつき 手とりあしと
りくみふせ いけとりにこそ したりけ

(20)

さるほとに よりみつは たかきいはほのう
へにこしをかけ しはらくいきつぎゐた
まひしか いけとりにしたるよたう こ
れのみにあるまし かくれすむところ

(21)

あらは ありのまゝに申せとせめ給へは 
さこそ うんめいつくるとも わがしうの
せんどをみすてゝ いつくへにげゆき
かくれすむへきそ いまはこれまてそ
とこたふ よりみつ けに/\ さそある
らん かほと心あるやつばらか なんそ王
地にすみなから 王命をそむきたて
まつり 人民をはうしなひけるそ む
かし ちかたといへる逆臣につかへし
鬼も 王命の そむきかたき事をは よ
くしりたれはこそ さりうせぬれ なんぢ
ら ちくるいにもおとりてふるまふゆへ
に かく天ばつをかうふり 一時かあひだに
ほろひつゝ あまつさへ ずい一の臣下 二
天といはるゝやつ いけとられぬ されは
なんじは さうなう ちうすまし みやこ
へのほせ みかとのゑいらんにそなへ そ
の後 らくちうらくぐはいを引わたし 
しよ人にはぢをみせて その後 ちう

(22)

りくすへしと いかりたまへは さしも
のきじん おめ/\となつて たとひ この
身は みぢんほとになさるゝとも とし
ころ をんをかうふりし 主君のためと
おもへは うらむへきともおほえす しゆ
てんとうしは ちよくめいをそむき 天ばつ
をかうふりぬること もちろんなり さ
りなから うんめい かきりある物なれは
たれ/\も みろくの出世には よもあはじ
御へんの かくふるまふも おんの為也 人りん
には情あり なさけあらは とく/\われら
をうしなふて給はれかしと申けるこ
そ ことはりと覚えて哀なり

(24)

おにのけんそく いまは残るところなく ほ
ろほしぬれは みやこにおほつかなく お
ほしめすらん とく/\山を出へしとて 
女はうたちを引くし出給ふか さるにて

(25)

も 中書殿の姫君 此世にも あひ給
はて むなしくなり給ふことのみそ 人々
心にかゝりて あはれにそおもはれける 
いけとりの鬼をは 二人して 引たて
あゆみ行 とうしかくひをは 二人して
ぞ になはれける 残る四天いげのくひ 
せう/\ これも 二人してになはれけり 有し
山中のけんなんをは 女房たちの 御あ
しにては いかてか しのかせ給ふへき おの
この身としてたに 行わつらひける物をと 
かねて あんじ/\ 下り給ふ所に かのさ
かしき所々 へい/\となつて ふかき谷も 
うづもれ たかき山も くづれてけれは いま
た 土をもふまさる女はうたちの や
すらかにあゆみ給ふそ ありかたき こ
れたゝ事にあらす 三神の神力をも
つて かやうにはからひ給ふにこそと いよ
いよ たのもしくそ覚ける 此事 いつのま

(26)

に 都へもれ聞えけるやらん 頼光 ほう
しやう いげ 酒典童子をはしめて鬼神
の一類こと/\くたいらけ 丗六人か女房た
ちをあひぐし 山を出給ふよし いつくとも
なくひろうしけれは 京中の人民 よろこひ
の時をつくり 東西南北へはしりち
かふこと おひたゝし 公家の人々は 姫君の
御迎の為とて こし車 かきつらね 武
家の人々は 大将御むかへにまいるへしと
て 馬のりかへを引つれ 数万の人数あひ
ともなつて行ける程に 大江山のふもと しの
むら いくの はうかうべの里にいたる迄 馬 人 こし
車 すきまなくこそ みえにけれ
かゝることは 上代にも例なし 末代にもあ
りかたし ことさら いけとりの鬼も あり
ときけは いさや のちの世の物かたり
にもせんとて 洛中洛外 きんごくき
む里の 上下なんによ われも/\と 
けんぶつに出けるほとに 大江の山のふ

(27)

もとより みやこのうちまて はいちのた
てるかことくにて みちの木草もみえ
さりけり 院 宮 公家 門跡 くわうこう
女院 北のまん所 やんことなき人々は 
みやこのうちに 御くるまをたてゝ けん
ぶつし給ふ すてに みのこくにもな
りけれは あしろのこし はりこし 色々
二三十ちやう かきつれ ざつしき さふら
ひ あまたけいごして ざゝめききたる
ことあり これそ 鬼とものくび 入たるこ
しか さためて いけとりの鬼も このうち
にあるかとて 見物 どよめき さはき
てみる所に おににては なかりけり
かしこへとらはれ給ふ女房達なるを へ
むしもはやく 都へかへし奉り こいしき
人々にあひみせ奉らんとの したくにて 
かやうに さきたちとをり給ふなり さて
も 鬼が城より とらはれの女はうたち み

(28)

な/\ つゝがなくかへり給ひ 父母にあ
ひまみえ たかひのよろこひ かきりなき
ところに ほりえの中書殿のひめ君 一
人 かの山にてうせ給へは ちかひのあみに
もれ給ひつゝ むなしくかたみをのみ 
父母のかたへまいらする これを御らん
する 中書殿の御心のうち 北のかたの 
御かなしひ けにたとへんかたもなし 人々
は 天下の春にあふて 花のひらくる
あしたにあへることくなるに 中書殿
一人は いかなれは いまたわか木の枝を
からし うへなきおもひは したまふらん 
かのかんていの 王昭君か こゝくの土にう
つもれ 王攘かかなしひもかくやとおもふ
そ あはれなる さるほとに ひつしのこ
くにいたりて しゆてんとうしかくひ じゆ
らくす そのおもて 四尺はかりにて いろ あ
かく 毛おひ きばするとなり かしらに 
こほくのやうなるつのあり さうくるま

(29)

に これをのせて ひかせらる しゝたるお
もてをみるさへ おそろしきに 生かほ
の さこそ いふせかるらんと おもひやる
さへすさましや その次に けんぞくの
おにともがくびとおほしくて ちいさ
きくびとも あまた にんぶ これを に
なふてとをる その次に いしくま かなく
ま 二人のいけとりを くろかねのなはに
て つよくいましめ 大力の兵 三十よ人
つゝして これをひかへ 前後左右をかこみ
ていてきたる 見物の諸人 これをみ
て きも 玉しゐを うしなひ 啼さけ
ひ おそれ はう/\へ にげちりけり
そのゝち よりみつ いげ六人のひと人 
馬上にて いろいろのすいかん たてゑ
ほし 花やかによそほひ すまんのぐ
むぜいにうちかこまれ みやこへいらせ
給ふありさま ことに いかめしくそ みえ
にける

(36)

よりみつ ほうしやう すくに参内申て 
しゆてんとうしかふるまひ 山中のあり
さま 三神の御助成 一/\にそうもん
し ちよくめい もつともかたしけなしと
いへとも 今度 神の御力 あはせ給はず
は いかてか かの鬼神とも たやすくほ
ろほし候はんやと ありのまゝに申され
けれは みかと ゑいかんまし/\て すなは
ち神々へ ほうへいしをたてられ りん
じの御かくらあり 御まつり その外 神領

(37)

社領 きふせられ さま/\の神宝を 
さゝけ給ふ されは 神も なうぢうし給ひ 
いよ/\ 国土安全にまほらせ給はんこと 
うたかひなくそ おほへける さて より光
には 三か国 ほうしやうには 二か国 四天王
に 四ヶ国 九かこくの受領を給はりけり
そのうえ 官途をすゝめられ 頼光 保昌
二人をは 昇殿をゆるされけり この人々 
今度 鬼神をしたかへ 名をあけ侍ること 
氏神の御りしやうなれはとて 氏神へ 
わたくしの所領をよせ 神馬をたて
まつり いよ/\ 武運長久をいのれけ
り まことに ちうあれは とくあつて 一
天の武将となつて 威にほこり 弓矢
を子孫につたへ 家門のはんじやうこ
そ ゆゝしけれ さるあひた 世の中 いよ/\
ゆたかにて 吹風もをだやかに 浪もし
つかなれは 君もさかへ 民やすらかりき 抑

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当君の 聖賢 不肖をは かならす めし
つかはせ給ふ 臣下の善悪をもつて し
るといへり されは当代は 二くわんはく 四
大納言と申す ゆゝしき 大臣 公卿 います
そかし 佐理 行成 公任 なんといふ おのこ
たち いつみ式部 むらさき式部 清少納言 
なんといふ女房 その外 花鳥風月 詩歌
くはんけん 文道のたつしや 武勇の
めいしやう しよじのせきとく 諸道
の博士も 上代ありかたき めいよを
あらはし この朝につかへ奉る かるかゆへに 
君は 君の徳をほとこし 政道をたゝし
く 臣は しんの道をまもつて 国家をおさ
め奉り 天下太平 国土あんをん この
君の 宝祚 万歳を となる人民の声 
やう/\として 耳にみてり めてたか
りし例とかや