(1)
武家玉手箱 拾一之十一
(2)
武家玉手箱前篇第拾壱
目録
一 普賢四郎九兵衛鎌くらに着の事
并 願書したゝめる事
一 両人駕籠訴訟の事
并 両人宿預けに成事
(3)
武家玉手箱前篇第十一
普賢四郎并九兵衛鎌くら着の事
并 願書したゝめる事
ふけん四郎并九兵衛の両人は虎口の難
をのかれよふ/\と鎌くらに下りけるか 此処
に年来小刀を仕込下しけるといや大和
屋茂十郎といふもの有けるか 先此処に打
(4)
着 今度ヶ様のねかひにつき両人罷下り
候へは何卒しはらく御せわ下されかし
と頼けれは 茂十郎も先祖より
心安くせしふけん四郎なれは
いさゐのわけ聞 すいぶん此方に
逗留し何角また仕落のなき様
とも/\心をそへ進すへしとこゝろよく
請合くれけれは 両人とも大に
あんしんし休足しけるか 追々古郷
より何歟しらせの書状到来し
けれは願書にうつし取 さてまた
訴へ様子ばんたん茂十郎に聞合
せもらい願書を認めける その文曰
乍恐奉願上候口上覚
一 大和国奇異の郡藤見の庄東板
(5)
はし弐丁目普賢四郎同処きた
七丁目九兵衛申上候趣は 当御奉行
様小森伊豆守様御家来おもて御用
人熊井左二右衛門様おなしく在間
平十郎様御内御用人小田柿仁右衛門
様奥村重兵衛様有馬丈介様村林
藤十郎様 其外御役人中并髪結
目あかし役藤右衛門林蔵此両人を
手先として種/\の義を聞出し
殿様御内益御詫金御礼金なとゝ
なつけ町々にて金子をゆすり
とり または御免と申いつわり博奕
御会所を相建 あるひは博奕道
具に御役所のしるしをすへ印し
なき道具にはたま/\子供の手なく
さみ等致居候得はたつねさかし無体に
(6)
言葉を申述金銀多くゆすりとらせ
その外御金或は諸運上其外言語
絶し候取はからい仕 当御奉行様御
初入已来七ヶ年のあいたさま/\新
ほうをはしめ そのたひ/\御奉行様
仰出され候旨に申偽 諸商ばいに仲
ヶ間をきわめ しぜんとあきない手せまく
相成 おのつから諸色直段高直に相成
町/\困窮にまかりなり あるひは種
/\の義相たくみ金子をゆつりとり
御公義様御政道をおもんし奉らす
御奉行様を申偽り御名前をけかし
わかまゝ不法の義を申出し欲心増
長仕候 此上両三年も此まゝになりゆ
き候はゝ藤見の庄の町人立行成かたく
離散仕亡処同前に相なり候は目前
(7)
に御座候 左候得はおそれ多くも御公義
様をうらみ奉り候様に相成御奉行様
の御おちととも相成申べき哉となけかは
しく 何卒佞臣をしりそけ土地
の風義に相なおり候様に仕たく候へとも
御役所へ申上候ては御取上是なく
非道成せめにあひ候はゝ治定に候間
かまくらおもてえ罷出候得とも その心の
御奉行様より御添簡是なく候ては願
御取あけ是なきさたに付 みやこえ罷
帰り都の御奉行様え御そへかんねかい
あけ奉るへくと大津迄罷越候処
おい/\私共両人かまくらに御なけき
ねかいに罷出候旨御奉行処へうつたへ
出候もの是あり わたくしとも両人
共家内は町預けに相なり其外
(8)
先年私とも両人同様に退役仕候のこり
五人の元年よりともゝ町々えあづけられ
私ともゝ呼もとし候様町内へ仰付られ候
得とも私共は西国順礼と家内は
しめ申いつわり出宅仕候事なれは
其旨御返答申上候よし とかく私共
ゆきかたきひしく御ぎんみこれあり
京大坂へん迄手くはり仕とり人出し
是有よし 大津表にて風聞承知仕
候得ともたやすくみやこえ御副簡願に
も罷越かたく所詮古郷にまかり帰
りきひしく糾明にあい犬死仕候より
とても御仕おきに相成候はゝ鎌倉おもて
えありのまゝに御注進申上おき古郷に
帰りいのちを捨候ても 其内には此趣
御さたにまかりなり しせんとせいひつ
(9)
に相成交易等も心おきなく仕候様町
人共一同安堵仕御公儀様御せいとうあ
きらかになりそうとう相しつまり候とあり
かたき仕合にぞんし奉るへく候 わたくし
とも義はそんし仕め候事に候間大津より
直に引かへし申候 今は此訴状を
指上さつそく藤見え罷かへり糾明に
逢候覚悟に御座候間 私ともからめ捕
られ御仕置に成候あとにても何とそ御
慈非を以て土地のこんきう御すくひ
下しおかれ候様偏に願上奉り候以上
藤見庄町人
願人 普賢四郎
同 九兵衛
天文五年
巳 五月日
御奉行様
(10)
右之通相したゝめさいさんしらへ其上に
うは封し印形すへ
奉願上候口上覚書
大和国奇異郡藤見庄町人
願人 普賢四郎 印
同 九兵衛
御奉行様
と相したゝめ願出る用意をなしける
両人駕籠訴訟の事
并 宿御預になる事
扨両人は願書相したゝめ願出るの相談
茂十郎万事きゝあわせつかわしけれは
先当時御執頭の谷間様へ御願なされ
しかるへしといへは ふけん四郎兼て谷間と
(11)
小森家と内縁もあるよしほのかに聞
居ければとても谷間様へ願上候とて
御取上は有ましく候へは 上かたにしはらく
御処司かしら御勤なされし真木越後
守様へ御願申上へしとて 御屋敷を得
とたつね御登城御下城の節御駕籠
のうちえ願書を指上御願申上ん 是則
ち駕籠訴訟と申ける 夫より茂十郎
に相対し未明より支度し今晩
何時まてかゝりしやらんはかられ
されはとて 両人に米壱升をめしに
たきもらい是を持たひのすかたにて
真木様の御門ぜんはらいくわひしいさや
御登城とまちいる処 四つまへにてもや
有けん 御出もんあそはしけるか御やしき
の御門を御かご出るとそのまゝ御城迄
(12)
御かご矢をつくことくはしりし 是は
惣して御執権方御往来とも万一
途中にてかご訴訟なとありては
甚た御取計六ヶ敷 夫ゆへ御かごをは
やめけるよし ふけん四郎九兵衛此様子兼
て聞居し事なれは手ぬかりなく御
かごに取付訴訟せんとたくみいけれとも
中なか聞しとは大に相違せしこと
にて御かごのねきにもより付かたけれは
是そまことにたからの山に入手をむな
しくするおなし また御下城を待居
けるか已前におなし事なれは 其日は
空しく旅宿に帰りまた/\とくと
相談し翌日も未明より旅宿を
出終日考へくらせともおりなく帰たくし
また其翌日けふ社是非とも願おほ
(13)
せんと心をかため出宅し途中に考へ
相待けるに やかて御出門にて御登城
なりしか 両人か願天にや通ふしけん
越後守様なにか御失念の事哉有けん
御かこをしつめ御近習をめされなか/\と
なにか仰付させられけれは 両人こゝそ
能折なれと御かごのねきにすゝみより
御供の侍衆控/\/\とこへかくれとも
聞入すすゝみけれは 狼藉ものなりと
やにはに侍立寄おしとめけれは 天下
の御一大事御注進のものともなりとて
願書を指出しけれは 真木様目はや
くも両人を御らんなされ 遠方よりきた
りし願人ならん かごそせうなれは定
めて大事の願ならんと 願書是へと
仰けれは 近習衆はつと願書請とり
(14)
そのまゝ御請取なされ なにの御さたもなく
打すてゝ御登城遊はしけれは 両人は
御あとをふしおかみ 大望企てはる/\
此鎌くらに下りしうきかんなんをし
のきしかいありて今日訴訟を御
執権かたの御手に入けれは もはや此所に
て両人とも相果しとてぜひ此御さた
なくしては叶ふまし 左候へはじうぶん
おもふ様にはならすとも 自然静謐に
もとつかんと大に悦ひ悦こふ事たとへ
かたなかりけり それより真木様の御門
前にゆきいまや/\と御下城を相まち
居けれは 八つ時過御下城遊はし
けるか 御さたのあらんかと居けれとも
何かひまとりけん何の御さたもなく日も
くれてはや初夜の時をつくるのころ
(15)
御門内より足軽とおほしき人立出 両人
共御門内へ入べく有けれは 有かたく
御門内に入けれは むしろを出し土辺にしき
定めて空ふくにあるへし 湯つけ
を下され候まゝてうだい仕れとて おつたて
汁にかますのやきものを付折しきに
持出けれは 両人有かたく頂戴しけれ
は 何れやかれ御さたなき儀は有まし
相まつへしと内々さた有けれは心よく
待居けるか 彼是九つ半頃にも有べき
ころ召出され候まゝ 通るべしとの御下
じにより通りけるか 中/\藤見辺
のの御役所とはちかひ 甚広□御
白洲には高ちやうちん万灯の如く
ともし立 御書院にはしよくたいす
しつほんともし さなから白昼の
(16)
ことく成に 御ゑんかわより段々に
夫/\の御役人中ならひ給ひめ
さましかりし有さまなる所へ ふけん
四郎九兵衛みすほらしくつかれ果
たひすかたにて御しらすに平ふくし
けれは いつのまに御出なれしやらん
真木様の御同役三野陸奥守様御
同席にて仰けるは 両人のもの共
はる/\の所を下向し訴訟をもつて
願上けれ共此願奉行のそへ簡もなけれは
御取あけなく候間左様に相心得よと
しらすへ投いだし給ひければ 真木様
仰けるは かれ等大切の願申遣し□の
ともなれは牢舎申付へしと仰けれは
三野様仰けるは 左様のすじに候得と
も遠路を下向しさだめてつかれ
(17)
も有へけれは万一病気出候ては六か
しく またにけかくれし候とかにんにも
なく候得は宿あつけ申付べしと仰けれ
は かねて召出しおかれけるにや や□や
播磨や久蔵とめされけれは さつそく
久蔵まかり出ければ 此両人大切の科人
なれはやとあつけ申付候間急度預り
奉れよと仰付られ 久蔵かしこまり
奉り普賢四郎九兵衛をめしつれ
久蔵宅へあつかり帰りける
(18)
武家玉手箱前篇第拾二
目録
一 執権方願書御評定の事
并 小森の家来召捕事
一 栗島様藤見御奉行仰蒙り給ふ事
并 両人帰国所静謐にもとつく事
(19)
武家玉手箱前篇第十二
執権方願書御評定の事
并 小森の家来召捕る事
普賢四郎并九兵衛両人かねかひ
御とり上なく願書はもとしたまひ
両人はやとやはりまや久蔵に
御あつけ仰付られけるか 願書
(20)
はのこらす御うつさせおかせられ
しつけんかた御集会なされ御
評定ありけるに 両人かねかひ
もつともなるねかひかた 其上奉行
を恨す 家来ともか奸佞より
出しことく申立しは至極お
となしきねかひかたなり 此趣
にては小森の家になにしさ
いなく とかは家来にゆつるの道理に
訴状をしたゝめしはさて/\かの
両人の者とも利根はつめいなる
ものともなり いかさま藤見の庄
とてもせまき所とはいへとも万石
の大名を奉行にさしおかるゝの地
なれはこつ気なる処なるへき
其中よりぬきんて両人申あわせ
(21)
はる/\此鎌くらにくたり押て駕ご
訴訟をするなとのものともなれはな
か/\さるものともなり しかし伊豆守
奉行のしよくをかふむるなから家来
の悪事をそれ指置しははなは
たもつて不届のいたりなれは 早
そく退やく申付へし また家
来の佞臣ともはしめ藤見の
庄の内にしゆ/\のあくじを企て
佞人ともに取入し町人共また普
賢四郎九兵衛其外此者ともに
かとうどの町人もおほくあるへし
双方とも此吟味は平安の庄の奉
円橋乾之助并小森伊豆守殿か後役
に申付ぎんみ糾明をとけさすべし
と御執権かた御評定一決して
(22)
平安の庄諸司代まて御奉書
を以て藤見の庄奉行小森伊豆守
きう/\御用のすしこれあるにより
三日切の支度して早/\かまくら
に下かうこれ有べき旨御達し
有へき様はや飛脚を以て仰越
され 猶又家来の佞人其外町人
に到るまて平安の御奉行処に
よひよせからめとり御ぎんみのすし
これ有候間 小森家来のものとも
はいつれも入牢申付置 町人ともは
平安に召上せ旅宿預ケ申付置
申さるへし 猶吟味の筋は追
て御沙汰有へきむね御奉行
到来しけれは 諸司頭かた早
そく小森家へ飛札を以て御
(23)
達し申へく御用の義これ有候間
只今御役宅迄御まいり可被成候
むね仰遣はされ 猶又円橋乾之介
殿をめされ 鎌くら御奉書の旨
ちくいち仰たつせられけれは 円橋
殿いさゐ御達しのむね聞しめされ
猶小森の家来無難にたはかり
よせからめとる御相談相済帰宅
し給ふけるか 扨伊豆殿には何事ならん
と早々平安諸司かしらの御役宅
に御参なされける処 早てうより暮
すく迄御対面なく 是は此間に家来
のものとも平安の御役所に召捕るの
手段なり 扨円橋乾之介とのより
しのひのとりて数十人仕立 小森
のやくたくお十重廿重に取まき 別
(24)
在間平十郎小田柿仁右衛門有馬丈介
奥村重内村林藤五郎其外役人目
あかし役藤右衛門林蔵まて 御尋
御用のすじ候条たゝ今拙者御役所
参上いたさるへくと申つかはし給ひ
けれは 熊井在間をはしめかくの如く
名前を印し呼寄られしはさためて
子細そあらん 主人伊豆守殿にも
早朝より諸司頭衆の御役宅もなく
其上円橋とのよりわれ/\急の御召 い
つれの身の上ならんといろ/\へうぎし
けれとも はや時ごくもうつりけれは
よぎなく支度して出けるもあり
中に奥村村林は元町家のものな
れは俄にむね釘打ことく すてに
両人申たんしすくさま出奔せん
(25)
のよういしけれともおひ/\長や内
よりしらせけるはしのひのとりてと
おほしくて役処の出口/\お十重廿
重に取まきしよしうはさしけれ
は今更せんかたなくやう/\に支たく
してみな同道にて出けるか うはさ
のことく捕手のものともぜん後を
守護し程なくまるはしとのゝ
御役宅につきにけるか いつものことくし
ふん/\のかくしきにて其せき/\
に通りけるか しはらく有てまるはし
殿御ぜんにめされ仰けるは 鎌くらより
御上意として御尋御吟味のすし
これ有間入牢仰付られ候間帯剣
御取上仰付られけれは差出し候
様仰られけれは 熊井在間をはしめ
(26)
大にしうせうの気色にてたかいにかほ
をみやわせけれとも奉行の御前といひ
御意におそれ入わるひれすこしの
ものをいたしけれはのこりのもの共みな
一とうにこしの物をわたしけれは
まるはしとの下役人に下知し給ひ
此ものともなはうち獄やにひけよ
と仰けれは 下役人とも立寄今迄
は上訴訟なりし侍をたちまち白洲
に引すりおろし高手小手にいましめ
獄屋をさして追立けるは気味よか
りけるありさま也 扨小森の佞人
のこらすいましめ牢舎申付し
おもむき 諸司頭かたへ御注進ま
し/\けれは 小森伊豆守様よふ/\
大広間にめされ 諸司代かた仰達せ
(27)
られけるは 鎌くら表より急/\の
の御用筋これ有につき三日の支たく
にて下向これ有候様 違背なく御
受なされ候様仰わたされけれは 伊豆
守様さつそく御請仰上すくさま御
帰宅におもむき給ひける 三日のし
たく甚た不首尾の御召なれは大
に心ろうし給ひ 御用達方迄御
下宿し給ひしか 御家来のめい/\先
こく御留主中御上意にて円橋殿
の御役処にめされみな/\入牢の
むねおひ/\注進有けれは 大にしう
章し給ひなから藤見の庄御役宅
に御きたくまし/\ける
栗島様藤見御奉行仰蒙り給ふ事
并 両人帰こく所静謐にもとつく事
(28)
扨小森さまはとるものもとりあへすよく
日一日にしたくし給ひ三日目に御発
駕まし/\鎌くらに御下向なされ
けるか 途中まて御執権かたより
御ししやをもつてすくさま御やし
きに御入なされ 御さしひかへ仰出され
ける そのむね御うけ仰上られよとの
御上意なれはすくさま御うら門
御やしきに御入なされける処 そくこく
御上使をもつて仰わたされけるは
其元ふしみの庄奉行職御在役中
御家来熊井在間はしめその外
のもの共しゆ/\新法なる義を
くわたてきんぎんをとり其所を
さわかせ候段上聞にたつし 主人
の身として是をそんせさる段甚
(29)
以ふとゝきの到りにおほしめされ 退
やく仰つけらるゝむね仰わたされける 扨
またくりしま美濃守様きう御登城
仰出され 執権かた御用部やにお
き仰達せられけるは 今度藤見の
庄奉行職仰付られし間有かたく
御うけ申上るへし 且先奉行
伊豆家来吟味のすじこれ有
により 右吟味かゝり仰出され候間急々
のしたくして出立これ有へく 猶
円はし乾之介へかねて吟味のかゝ
り申付置候得は 万端相談の上吟味
おとけ諸司頭へ訴へ鎌くらに相う
かゝひ取計仕るへき様仰蒙給ひ
御礼等首尾よく仰上られ ほとな
く藤見の庄にちやくし給ひけれは
(30)
此所の町人ともはやもとの藤見に立帰
りしやうにおもひ 三才の小児にてもふけん
四郎九兵衛両人かかけなりとよろ
こふ事かきりなし 扨普賢四郎
九兵衛両人はりよしゆくに御預ケ
御取上なきむねおふせいたされけれは
何の子細もなくりよしゆくあつけ
御めんおほせ出され 勝手に帰宅仕べ
き様仰出されけれは 両人はおもふま
ゝに大望成就し有かたく帰国に趣
きけるか途中にて万一いかような
る難儀にあはんもはかりかたしとて
真木様内々の御はからいとして
鎌くら御殿の御会府おかし下され
ふなんに藤見の庄に着しける こ
こにふひんなるは両人めしつれ
(31)
鎌くらに下向せし下人 出宅のせつは
西国しゆんれいのともと聞出宅し
けるか 途中にていさゐの物かたりを
聞初めしおとろきなから両人か心
中をさつし ともにいさみて鎌くら
に下向しけるか 両人かりよしゆくあつ
けと成 其身はむなしく大和や茂
十郎方に逗留し居けるか 元より
りちぎなる下人なれは ゆくすへいかゝ
なりゆく事やらんと古郷をおほし
召わか身をおもひあんしくらし居け
るか やう/\相済近日両人とも帰こ
こくと聞より大によろこひ両人の
供をし帰国におもむきけるか 道中
より病気つきけれは 両人のものとも
もきのとくに思ひさま/\介抱をくは
(32)
ふといへとも とちうのことなれは心にまかせ
す やう/\とふしみに帰着しける
本人はもちろんさいしまて悦ふこと
かきりなけれは 三日目に養生か
なわす死去しけれは さいしはいふに
及はす 両人をはしめ此所のものも
死去をきゝなけかぬものはなかりける
か 藤見の庄町々より弐百疋三百疋
香義をつかはし 其外知音ちかつき
より処のために忠死しけるものとてかう
ぎをつかわし そう礼のせつも町々
より惣代として供に出けれはおひ
たゝしく葬礼なりける 香義とし
て金五拾両ほとあつまりけれは 仏
事作善のこる処なくいとなみ
妻子あとの相続まて打寄せし
(33)
世話つかわしけるはふひんの中にもいと
めつらしきことゝもなり 扨ふけん四郎
九兵衛は上着の旨当奉行くりしま
美濃守様へうつたへ出けれは まるはし
さま御そうたんの上平安の御奉行処に
めしいたされ 御ぎんみのものなれ
はとて旅宿あつけに仰付られ 其
外五人の元年寄これらのこらす
宿預ケになり 諸運上をくわたて小
森のねいしんに取入事おはかりし
町人はいつれも入牢仰付られ 藤見
の庄もふけん四郎九兵衛か大望せい
ひつにもとつきけるは目出たく
かりし事ともなり
(34)
武家玉手箱前篇第拾弐大尾