(1)
武家玉手箱 五之六
(2)
武家玉手箱前篇第五
目録
一 鎌くら御若君御他界の事
并 井上官蔵より蜜書来る事
一 富家の町人みたて用金申付事
并 佞人両三人出生并立身の事
(3)
武家玉手箱前篇第五
鎌くら若君御他界の事
并 井上官蔵より蜜書の事
比者安明八年八月廿二日のことかとよ 鎌
くら武将の御わかき見御年十六歳
にならせたまふか深山に御狩し有し
に急の御病気差おこり御落
(4)
馬まし/\けるか其まゝ御即死に渡
らせ給ふ 御供の医師秘術をつく
すといへとも其しるしなく 木村采女正
やう/\御輿に乗鎌くらに還御なし
奉りて上下そうとうする事兵乱にひと
し さつそく父将軍へ言上しけれは
武将の御なけき大かたならす 只御一
人の若君にわたらせ給へば御なけき
のほと申も恐多し 有へき事ならねは
上野寺葬し奉り光敬院殿従二
位亜相公と称し奉り 爰に御連
枝様かた諸候かた御評諚まし/\
御養君の御相談有しに 執権
職谷間主水正進み たん/\才智
弁舌をもつて故将軍の御舎
弟徳山兵部卿様に当年九歳に成
(5)
らせ給ふ若君まし/\けるを御やう
くんとなし奉るへしと申給へは 御れんし
を始諸候かた谷間の一言にたれかふ
といふ人なく将軍家に申上けれは
何の子さいもなく御愛臣の申事な
れはよろしく取計申すへしと仰出
されけれは 首尾相調鎌くら御殿
に御移らせ給ふ 谷間の家臣井上
官蔵より熊井在間かたへみつ書を以て
もふしこしける 其趣意は 今度かま
くら御殿に御引取あらせられける事
主人主水正ふかき存立これあるに付
徳山家の若君御養君となし
奉り候 小森家の義は主水正かねて
内々処縁も御座候方なれは片時も
打すておき申さす候得とも時節を
(6)
見合罷あられ候 今度御養君を
取組申され候義中/\六ヶ敷ことに候て
谷間家も近年の大物入に候得は此つ
くのひとして壱両年の内に金子
弐万両其処にて御工面下さるゝへく
場所をまき処御預りのことなれは
急々御用意も出来申間敷兼て
申遣し候 其上小森家にも廿万の
金子御用意なされす候はてまさかの時
の指つかへに成申候 いつれ鎌くら表のしゆ
尾は谷間家承知の事なれは山城
摂津の外聞をおほしめさすすいふん
御出精なされ金子の御用意しかるへく
候 尤当時の谷間家の事ゆへ三百両五百
両まいなひをもつて諸事の六ヶ敷
願事申候族は月の中にその数
(7)
たはかりかたき事に候へとも是は御殿
奥むきの取つくろい 月に千両余は
定り申候て入申候 其上実は此度徳
山家へも三万両内々御用立進し
申候 是は主水正計らいにて諸候
過半は徳山家に御みかた申させ置候
に付物領物万たん御手当として御
用立申候 夫ゆへ過半不得心の諸侯
方も候得共終に主人のそんねん相立
候すし合に相成申候 是も主水正は
もちろん栄花を子孫にのこし申候
の遠計に御座候 其御家も末代の
栄花をおほし召候はゝ随分御出精な
され主人の一方の助けとも御成なされ
候はゝ万事成就の上は十万はしさひ
有ましく候と拙者共も存る事に候
(8)
何分謀計を企て貴様かたにも忠勤
第一に御座候との細書到来 伊豆守様
えも谷間よりみつ書到来候得共何事や
らんしる者なし 是よりいよ/\金子
取立の工夫にのみかかりける
此みつ書の趣意后篇にあらわす
富家の町人みたて用金申付る事
并 佞人両三人出生并立身の事
藤見の庄の内富貴なる町人ともを
みたて御用金百両弐百両或は三百両
五百両其分限をみたて申付ける処
銘々後難をおそれ出金いたし
けるもの共もあり また困窮を
申立御断申上けるやからも多く有
ける処 其者とものかたへ目あかし
藤右衛門林蔵をめしつれ有馬丈助
(9)
奥村重内村林藤五郎
此奥村重内は元来此藤見の庄
にて指もの商売を渡世にし
指ものや九兵衛と申ものなりける
平日小森家に立入しけるか元来
奸佞なるものなれは急度やく
に立へきものとて新規に召抱
えられける 熊井在間なとか下
司と成万事悪事を工夫しける
また村林藤五郎煙草入を仕立
渡せいし居けるものなるか奥村
同様のものにて新規御取立に相
成ける めあかし藤右衛門は風来もの
にて官家武家を経て此小
森の御屋敷に来り熊井左二右衛門
の手まはりをつとめけるか元来下
(10)
賤の者なれは奸曲人に越至て
上手ものなれは左二右衛門大に気に入
急度用に立へきものなれはとて
相応の家とくをこしらへ遣し
度おもふおりから藤右衛門願ける故
新に此処に髪ゆひ株を建遣し
藤見の庄中髪結かしらめ
あかしやくを申付ける 往古より
此処は髪結のやくして捕者に出
また牢屋に立入罪人の取扱
しけること処の定なりけれはよ所
のの髪ゆひと相違し公役をつと
めけれはつねのかみゆひとても自
然と威光ありけるに 藤右衛門林蔵
は髪結かしらと成非常帯刀
申付られ我まゝ増長し町人
(11)
は勿論寺院迄も我宅く呼付
蒲団の上に座しまたは平臥
にして応対しけるは言語道断
にくき事ともと人々にくみあへ
り 林蔵は在間か手廻りにて
藤右衛門同断の者なり
其家に行町内年寄をよひ付
置此者御吟味のすしこれ有けれは
家内は勿論諸道具まて町内へ預置
候間昼夜きつと番を致し候様申付
扨藤右衛門林蔵に下知し土蔵を明
させ諸道具衣類まて残らす吟味し
帳面にしるし其外家内平日の道具迄
帳面にしるし土蔵には封印し
諸帳面のこらず出させ両人に持せ本人
諸道具御ぎんみ相済まて町分油断
(12)
仕さる様急度番をいたすへしと申
付帰りけれは あとにて町分騒動し
何事を仕出しかくのことく厳敷御味
吟に成候事哉と段々たつねける処 外
におほへもなく今度御用金仰付られ
けれとも近年不勝手に付おして御断
申上候計なりと亭主も大にこまり
いける 三十日程過惣年寄をもつて
明日正五ツ時本人なにかし召つれ町分
年寄付添御役所に罷出候様申来
候ゆへ翌日早朝御役処に出ける処決
断処に召出され 熊井左二右衛門在間
平十郎立会にて 先達て御用金
仰付られける処近年甚こんきうの旨
を申今日の取つゝきも出来さるよし
にて段々御断申上しゆへ御家来を
(13)
差遣し家内吟味し諸帳面を取
上勘定致させける処 其方年分
商高何拾貫目利銀何貫目懸残
り何貫匁家内諸入用何貫目従来
有金何拾貫目貸付銀何貫目家財
諸道具衣るい何拾貫目にあて当
時あらかた差引百何十貫目の身上に
候処甚たこんきうに付必止と家内の取
つゝきも出来さる旨御奉行処を申偽り
候段甚た以不届のいたり急度とかめも
仰付らるへき処御れんみんを以て
当時有金何百貫目之内八歩通御
取上被成三歩通下され候間有かたく
存奉り銀何百貫目幾日迄に指上
候様厳敷申付右違背仕候は町内より
相弁え日限の通り急度差上候様申
(14)
付けれは 不法なる御取計とは言なか
ら御受申帰りける 是非なく銀子
指出しける か様にいたし銀子取上ける
家数凡四十五軒町家名は繁多ゆへこれをりやくす
此なかにことにむこきは十分手ひろく
あきないし何さま彼か処は五百貫目
の身上と岡目にも見へける処十分諸
ほうの金をかり上して手ひろく致し
居けるものも同し割に金子取上られ寔
に必止の難義となりて今日にては行
かた知れぬものも有けり 寔に前代未聞
とは是をいふべし
(15)
武家玉手箱前篇第五
武家玉手箱前篇第六
目録
一 釣リ銭出し町人難儀に及ふ事
并 詫金取上らるゝ事
一 薬師院奇夢をみる事
并 伊豆守殿見相的中の事
(16)
武家玉手箱前篇第六
釣リ銭出し町人難義に及ふ事
并 詫銀取上る事
有馬丈助村林藤五郎大津に諸用
ありて立越四の宮にて遊ひけい
子遊女とも伴ないしよ/\ゆうらんし
藤見まてめしつれかへるさに
(17)
地蔵村といふ処に来りけるか 此
処は藤見の庄の内にてしかも
大坂より近江路え廻りしものは
船にて此所へ付けれはすいふんにぎ
はふ土地也ける こゝに樽屋五兵衛
といふ煮売茶屋ありけれは
此処にて支たく種/\我まゝ
言立酒肴こしらへさせ呑
喰し跡にて書付を取銀子を
はらひける処 金子を出し是を
両替いたさせ算用致しくれよと
指出しけれは則算用し書附
を以て釣り銀をもどしけり 扨
夫より内への土産にせんと清水屋
小兵衛といふかたに立寄名酒五升
買とり代金として金子壱両
(18)
出し渡しけれは相場を以て算用
しつり銭として金三分と銭を
戻しける処これを受取いつれも酔に
ぜうしけい子ゆう女のかたにかゝり高
声に小うたをうたいなゝめならさる
きけんにして藤見をさしてかへり
ける 翌日樽屋五兵衛清水屋小兵衛
の両人めしつれ年寄つきそひ御
奉行所へ出候様惣年寄申
来りけれは何事ならんと早速
まかり出ける処熊井左二右衛門在
間平十郎立会にて申けるは 金銀
銭両替の義は先年より仲ヶ間を
立御公義え御礼銭申上渡世を
致し居けれは両替や仲ヶ間
のほか両かべの義は御停止
(19)
に仰候処其方とも事いつの比より
仲ヶ間に入候哉と吟味しけれは両人
返答申上けるは 私とも五兵衛義
はにうり茶やにて御座候 小兵衛
義は酒商売仕候而両替屋仲ヶ
間に入候義は御座なく候と申けれは
昨日御奉行御家来樽や方に立
よりのみくひし清水屋かたに
酒五升をとゝのへ候処 折ふし細銀
是なく候ゆゑ金子出し両替致
させくれ候様申ける処さつそく算
用し釣金もどし候旨 やわん早/\
相とゞけ出申候に付今日召出しぎ
んみをとげ申候 何ゆへ両替や仲ヶ間
入ずして内しやうにて両かべし
仲ヶ間の邪魔お仕御公儀御法度
(20)
の趣きお相添申ける哉ときひしくとが
め申付けれは 両人申けるは 仰御尤
に存奉り候へともせう/\の入こん合
にて両替いたしつかはし候義私とも
にかぎらずいづかたにても町家一統
これ有候事に御座候と申けれは
熊井大にいかり ないしやうにてさやう
の義仕候ものあるべきなれとも
是は御公義御停止仰付られおか
れ候へは申わけ立申さず言語同
断にくきものどもなれば御吟味
相済まて其処へ御預ケ仰付
られ厳敷番を仕候様申付けれは
村のものともおそれ入両人をあ
づけかへりける 扨熊井在間
をはしめ奸臣ども打寄まつ
(21)
百両の御内益ははたらき出し申候
此評判いまた処を廻らさる内手を
まはし何にても買上其上いづれも
今日の通取計らひ候はゝ一べん
通りはかられ申べし さ候はゝ金子
の五千と一万とは取集め申さるへし
とて弐朱あるひは壱分弐朱三分
壱両の金子をもたせ呉服や
木綿やあるひは道具や銘/\
入用のしなばんじ何によらす家を
かへ買に出しける 一日の中手わけして
多人数をいだしければ数十軒
にて買とゝのへみな釣とをとり帰
りける 翌日より其町人諸とも其
町内をめし出し已前のことく段々
申付ければみな/\そんし寄さる難
(22)
義に及ひ町あつけとなり藤見
中のことなれはおひたゝしく事なり
扨たるや清水やを呼出し御法そ
むきし段甚たもつてふとゝきの
いたり急度御とかめ仰付らるへき
処御憐愍をもつて御用捨仰付
られは右過料として鳥目三貫文
つゝ御公義えさし上申べくまた
御奉行所へ御わび金として金
子五十両つゝ指上申候様若違背候はゝ
其処より相弁幾日まてに上納候様
申付ければ両人とも御受を申
帰りけり ぜひなく金子相調指上
相済ける 其外町々御預もの分
もおひ/\よひ出し卅両五十両
のわひ金申付たん/\相済ける
(23)
是よりして藤見の町中申合せ
つりの入候あきなひはしぜんとなり
かたく四五年もふじゆうにありし
所漸天文五秋の比ふれまわし
用捨有けるか行すへいかなるうき
めにあふ事やらんと人/\やすき
思ひはなかりけり
薬師院奇夢をみる事
并 伊豆守殿見相的中の事
爰に薬師院法印といふ山伏有
見相墨色陰陽道乾坤雲
気に通じけるとて専らおこなはれ
けるか実はいづなをつかふの買主也
けるか 法印或夜のゆめに比は安
(24)
明の末かとよ北極星に一村の雲おほ
ふこと凡三十余日なりけれは法印
是をあやしみ考へ見るに 此年の
末にあたり天下に灯火を失ふの
うれいをせうす 北辰のかたはら也
三星の威を争ふとかんかへも終
らさるに北辰のかたはらなる伏陽
星天くだり給ひ法印をたのみ
思召北辰調伏の祈を頼給ふ 法印
伏陽星の御たのみにしたかひ 五大
尊天の秘法を修し北辰の御座
所の地中をうかち おそれ多くも
北辰の尊体をきざみ御心元に
尺余の釘を以てさしつらぬき
埋め奉れはすみやかに御脳にいらせ
給ふ 水中にはのこらす調法の御
(25)
符をしづめけれは北辰御脳さ
かんに入らせ給へは数万の衆星群
参し御脳の意趣をかんごふるに
伏陽星出仕有けれは御脳猶更
成しかは白河星奏していわく
御座処の土中をうがたばさた
めてあやしきものや有べしと
奏にしたかひ土中をうがちは
白河星の申ことく人の形ちきさ
めるに心元に尺余の釘ヲ以てさし
つらぬきたるあやしきもの出けれは
白河星則ひきめを放ちけれは
空中に飛て此矢即伏陽星
の居所に立ければ 是よりして伏陽
せいの意趣なることあらはれながく
雲中にかくれ給ふ されは御のふこ
(26)
れよりして平愈なりしかとも
北辰はついに地におち失給ふ 北辰は
御代つかせ給ふ新星もなく三星の
内北極跡をつがせ給ふは伏陽星な
れとも北辰調法の罪かろからす
ついに雲中におしこめられ給へは
閑星の御子を以て北辰星と
仰き奉り万星万歳らく
を唱ふ 伏陽星の御頼により調伏
御いのりとして顕れやくしいん
獄屋にひかれ糾明せられけるに 法
院かいわく われは俗家に住俗山
ふしなるにいかててんより我をたのみ
たもふ たとへたのまれてうほうを修
したりとて我等ことき俗山ぶし
かいのりしとていかてしるしのなからん
(27)
昼夜天か下をてらし給ふ北極星の
我祈りにて地におち給ふ北辰の威
はなきかことく是またなきこと也
と申と思へはゆめさめける処 御奉行
小森伊豆守様御他出の途中より
御急病さしおこり薬師院に入
られ給ひしはらく御保養遊し
ければさつそく法印加持し奉り
御符を一粒奉りけれはふしぎやた
ちまち御快気にて法印に暇を
下されすぐさま御帰たくまし/\
ける 即刻法印御礼申上けれは御
対面仰付られけれは有がたく御
めみゑしけれは伊豆守殿仰けるは
先刻は急病に付立寄候処御加
持によりさつそく其しるしを得大
(28)
悦に存候 今日能ついて候得は拙者か見
そうし給ふべしと仰けれは 是は冥
がにかない有かたしそんし奉ると
御そば近くすゝみ寄見相し段/\
是まての処は百発百中の言に
て毫髪相違なく御行末は
富貴家にみち御家領は次第に御
加増まし/\十ヶ年の内には
御昇進ましまし凡十万石も
領し給ひて威光は諸候の上に
立給ふべしと委細見相し
けれは 伊豆守殿法印がいふ所
御胸中もつらぬきけれは まことに
てん地もみぬくべき貴僧かなと
大に尊信ししゆ/\拝領とう
仰付られ自今毎度心安く立入
(29)
申べし また手前昇進の祈願
を修し給はるべしと仰けれは
法印難有御受御礼申上帰寺
しける 夫よりして毎度御心安く
出入しけり
此薬師院の手筋より小森に立
入 種々企事工みし町人
とも多く有ける