武家玉手箱

(1)

  合共廿巻

武家玉手箱   三之四

(2)

武家玉手箱前篇第三

  目録
一 谷間小もりつとめかた示談の事
  并 小森藤見ふしみせうに奉行しよく仰付らるゝ事
一 小森おい之進木や町借座敷かりさしきの事
  并 おくけん左衛門に偽器ぎきかづくる事

(3)

武家玉手箱前篇第三

 谷間小森につとめかた示談じたんの事
 并 小森藤見のせう奉行しよくに仰付らるゝ事

百年の栄くはもついには夢幻むけん泡影ほうよう
かや 小森伊豆守正みね殿は鎌倉かまくらわか
より昇進せうしんし給ひ諸侍しよさむらいの司
たれは威光いかうならひなくまし/\

(4)

けるか終に無常むしやうのあらしにいさなはれ
死去しきよなされけれは 御子息しそく備前守とのを
はしめ家中暗夜あんや灯火とうくはをうしないし
如くなりけるか さてしもあるへきことなら
ねはせうくんこん上し御とく
備前守えとう/\江の内小室のせう一万石そう
違なく安堵の御教書きようしよを下し
置れ 野のおくりも相済じん七日

つゝかなく相済ければ 家督かとくの御れいせう
軍家へ抑上られ禁中きんちうへもそうし奉
くわんをも伊豆守に申かへさせ給ひ万
首尾しゆひよく相済ける もとより
谷間家とは入魂しゆつこんの事なる所 谷間もん
かみ殿との次第に昇進せうしん朝日ののほるかことく
当時かまくら執権職けんしよくに加り新役しんやく
なから古役の衆も谷間の下知をうけ

(5)

給ふ様に成給ひしはめ出たくかりける
うんかなと谷間たにま浦山うらやまさるはなかり
故伊豆守正みね殿は谷間家のちには
昇進せうしんし給ひ終に鎌倉の執権しつけん
彼人壱人掌握せうあくしたまはん事を
遠慮えんりよし子そく栄華えいくはをおほし
めしはかり給ひ わか屋八千代のかた
のいもとを谷間にいたしついにのかれぬ

中と取組とりくみおき給ひしは父の遠計えんけいてき
中の時節しせつと伊豆守をはしめ家
中悦ひあへり 扨八千代の方より谷間
の御部屋色香いろかの方えこま/\と伊豆
守身の上の事頼遣し給ひけれは
元より兄弟のたのみ主人現在けんざい我ため
おいなれは打すておくへき心てひ
なく何とそ谷間様へよきに申上ん
 

(6)

かねて色香いろかとのにもおもひ居給ふおりから
姉御あねごのかたのくれ/\とせし御頼なれは
早速さつそく谷間様に申上給ひけれは
さいわけはしり給ふ上の事なれとも こと
てうあいしんの申上る事 其上色香いろか
のかたの訳あれば中/\すてすて置たまふ
おほしめしもなけれとも 余人のまへ
もあれは万事は手前にまかせおか

れよとの返答へんとうなれは 小森家にも一統
安堵あんとのおもひをなし只時節の来る
相待ける ある時谷間家より小森家を
内々めされ仰けるは 様事拙者
も引たつるほとに存候得とも未時
せつきたらす いろ/\工夫くふうし候へ共しきさまわ
年寄としより昇進せうしんいたさせ候事 さしあたり
きんかうもなくまたいたつておく向に

(7)

引手もなく今また人しゆ操合くりあわせせもな
らす候得は 拙者せつしやめい候はゝほとなく
かまくら執権職しつけんしよくまて昇進せうしん致せ進し
申べし たとひ短命たんめい候とも遠計えんけいのこ
しおき申へく候まゝ末頼母すへたのもしくおほ
しめしくらさせ給ふべしとて何歟
みつたん数刻すこくに及ひ 其上たがひ
神文しんもんをとりかわし給ふ 余人よじん

を知るものなし さてきん日大御番
しよく仰付らるへく候へは難波なにはみやこの諸
役人并町家の気風きふうをとくと御示
覧なされ 其上藤見のせうは則貴様
出生しゆつせうの地なれは御家来もいさゐそ
んし居申へく候へとも時々処の様子も
かはりかつかの地は壱人やくなれは金銀
のさいかく自由しゆう成べく候へは御家来けらい

(8)

へ仰付られ在役さいやく充分じうふん才覚さいかくなさる
へく何れ当時は奥向も賄賂まいないてなくては
身立出世りつしんしゆつせなん致 拙者壱人御贔屓ひいき
存候てもおくむきのしゆびまた第一也
其上同役の存寄そんじよりも候へばたゝ何
事もまいなゐをもつてするより
外当時の人のに逢ふ事是な
く 是則身を立いへをおこし先

忠儀ちうき第一 また君えの忠儀は神くん
世已来御静謐せいひつの世の中なれとも
いつとなく金銀は町人これをつかさとる
節となりてしよ大名も町家に
金銀を借用しやくよう返済へんさいなきときは
鎌倉にうつたえ出 理の当然なれは厳
しくとり立つかはされけれは 町人の
金銀をつかさとる事諸候しよこうの上にこし これ

(9)

は扨/\心外のの中なれば何とそ
工夫くふうをめくらし町人の金銀を
取上る事 是きみえのちうぎ第一と
存せられ御忠勤ちうきんしかるへし また
此方よりも時々指図さしつ申へく候へとも
かねてさやうにそんせられよと 数刻すこく
閑談かんたんにて其日は別れ給ひける 扨きん
日小もり殿執権方しつけんかた御立合のせき

めし出され大御番頭職はんかしらしよくに仰付られあり
かたく御うけとり仰上 難波なには勤番きんはん
節かのの人をこゝろえみやこ在番さいはん
みきり京都の風をとくしん御下向なされ
けれは首尾しゆひ能両度の勤番きんはん相済
ふしみの庄奉行しよくにおゝせ付られけれ
は有かたく古郷こけうえはにしきをかさると
いへる古言こげんのことく家中もびをつくし

(10)

きようれつ厳重けんちう藤見ふしみせうに御上ちやく
なされけれは 処の町人とも当処御出せう
殿とのさまなれはさためて有かたき御さばき
なるべしとみな/\途中に出むかい奉り
けるかのちの相そうたてけれ


  小森おいじん木屋きや町かり敷の事
  并 おく源左衛門に偽器ぎきを迦る事

田村武八郎かおとおとは伊豆守殿母堂ぼとう八千代殿

弟にて外戚くわいせきなれはよう少より小森
召出され小森の名を給り家ろうかくま
て百五拾石をてうたいし無役むやく同様に
て遊ひくらしけるか 当時にては伊豆
守のじつは伯父おぢにあたりて家中みな
/\尊敬そんきやうしける 茶道さとうは故正峰まさみね
仕上られ当家の一りうをきはめし上手な
れは京大坂の茶道具屋も此人をそん

(11)

けうしけるに 此度藤見在役さいやく中なれは
京大坂心当安き町人と出会しゆつくわいし処/\
え茶に参りけるに 此節は出京
屋まち三てうにかりさしきに
日夜茶人の出入絶間たへまなき処 こゝに
やふのしたへん大文たいもんじやそう兵衛といふちやとう
ぐや有けるか 町人のなかにもいたつて
すゝとく人のめをかすめ高利かうりおむさ

事をせうとく好みけるか 宗兵衛か得意
豊前ぶせんの小倉の郷士こうしおく源左衛門は八
万石ほとのくらしにて大名同せんの人
なれは 先年も此そう兵衛か先に
て千のあられかま 是は秀吉ひてよし処持しよじ
にして万すぐれしぶつをあ
きなゐ また衣擣きぬたかた青地せいじ香炉かうろ
わたりの上さくものにて五百両に

(12)

うりわたし その外五十両百両の道
おゝくあきなひ一かと仕合しあわせしけるは また
此度源左衛門出きやうして室町三条
逗留とうりうしありけるか 宗兵衛も此方に
日々出入種/\あふらをなかし注文ちうもん
受取うけとりけるか さいわいおりからと小森おい之進
に引合せ 其のち藤見ふしみ御奉行様へも
茶湯ちやのゆともして参りけるか 田舎侍いなかさむらい

の事なれは茶の道にすくといへともつい
に大名と茶の湯をしことなき処そう
兵衛か引あはを故 此度の上京は一しほおも
しろき茶せきに出古郷えのはなし
の第一なりと宗兵衛をことのほかにあい
し心よくとうりうしあそひくらし
けるに 宗兵衛つく/\源左衛門か
様子をかんかへ見るに 何さま田舎てんしや

(13)

人なれば茶とてもあまた取扱とりあつ
わす中/\真偽しんぎわけはおもひも
よらす またかの地のうはさを聞におく
をその処の先せいとして茶のひろまりし
ほとの事なれは たとへ物を高金
にしてかふせしとて家業かげう
のさまたけに成ほとの事は有まし
く 彼人千家せんけの門人なれは此方へ

えしれさるやうに手段し 何とそ已前かすき
しろもの不残つき付たしと 扨小森おい之進
方にゆき右の相談そうたんしかけけるに もとより
笈之しんもよくふかき生付うまれつきなれはさつそく
呑込のみこみ 源左衛門方にゆき右のしろもの
せける処 いつれおもしろく品ともな
れは預りおくべしなれはそのまゝ
さし置帰りけるか 外におくえ出入の道具とうく

(14)

屋に唐木からき清蔵せいそうといふものあり 是も
かねて手段の社中しやちうくわへ置けるか 源左衛門
そうをよひよせ くたん道具とうぐみせけれは
清そう一/\直打ねうちして先方よりは
凡是ほとに売払うりはらいたきのそみ成へし
といつば おく此直打をきゝ凡千両程
も宗兵衛か言直いゝね下直けじきなれはよきかい
ものと心得 扨是より小もりに目きゝ

たのまんと小森の旅宿りよしよくにもたせ行
見せけれは 笈之しん一/\どうぐを目きゝ
扨何れもおもしろきものにて候 扨直段
はいかほとともふすやとたつねけれは
宗兵衛言直いゝねを申聞しけれは さて/\
それはよきかいもの 手前とも銀子工めん
出来候はゝ調置とゝのへおき申度 手前に処持しよじいた
し置のそみ手出候時伊豆守に添翰そへかん

(15)

かゝせ諸候しよかうかたまては富家ふかの町人
にても遣し候得は急度千両道具
調法てうほうに成申候と物語ものかたりしけれは けん
左衛門手段しゆたん事とはいざしらす 扨/\
御目利にあつかり其上何よりみゝより
なる御ものかたりをうけたまわり候もの
かなと 万々一此道具とうぐ買受かいうけ候はゝその
さま御世下され伊豆守様に御そへかん

うけ候義は出来申間敷やとたつねけれは
成ほと拙者申こみしんし候はゝ伊豆守子細しさい
なくそへ書したゝめしんすへくと申
ける しかる処へ大文し屋宗兵衛まいり小森
氏并奥氏にも挨拶あいさつすみ さて
源左衛門さまに申上候 此間御らんに入申
候とうぐ如何あそはされ候哉 はらい主かた
先刻わたくしよひに参り参上仕候処払主

(16)

申候は 先に一けん見せ申候処いまた何とも
返事きゝきらす わたくし方へ見せ申候処先
方より相たんも出来さうに申来り候ゆへ
みき道具いまた相談相談まらす候はゝ
やくのかたに相たんきはめ申すべき
候とたつね申候に付 只今御旅宿りよしゆく
参上申候処こなたへ御出のよしに付
参上仕候 いかゝ御思あん御付なされ候哉と

申けれは それは火急に相成いかゝすへき
やと返とう出かね候へは おい之進申けるは
夫は御もつともかりそめならぬ大金の事な
れはたゝこつに御もとめなさるへき
の御返答へんとうは出来間敷候まゝ明日まて
何とそ成ともいゝのはせ申へしと宗兵
衛に挨拶あいさつしけれは かしこまり候 明
日まてのばせ置申べしとて 扨それ

(17)

より右の道具のうはさに成両人して段/\
口りこうにそやしけれは おくもついに
たまされ其せきにて手をうちかい
けるはうたてかりけるしだいなり その
夜手付金三百両わたし残りは国元へ
早/\申遣し上りしたい渡すべき
約束やくそくにて事すみ 扨そへかん
豆守に書せ置すへしとておい之進

方に道具をとめ置 おく国元え帰る前日
添翰そへかん諸共わたしけるとそ 是は
然かのかたにつかわし候はゝ千家へ見す
べしとの了簡りやうけんにてかく計らひし
とそ あまつさへそへ書も笈之進かしたゝ
め伊豆守のせ印をこしらへこれを
つかわし つかう百五十貫目三人して
配分はいふんしけるはおそろしかりし

(18)

事共なり

武家玉手箱前篇第三

武家玉手箱前篇第四

  目録
一 有馬丈祐でうすけ小森家へ召抱へらるゝ事
  并 四方田源之進急隠居きういんきよ之事
一 藤見の庄町々に用金申付る事
  并 町々徒党とゝうの事

(19)


武家玉手箱前篇第四

  有馬丈介小森家へめしかゝへらるゝ事
  并 四方田よもた源之しん急隠居きういんきよの事

或はむまれれなからにして是を知りまなん
りくるしんてしる その此をしる
にいたりてはいつなり 是は聖賢せいけん
安気あんきにもとつくの善事せんじをい

(20)

へとも善悪せんあくしやべつせさる時は一
なり こゝ有馬ありまでう介が出生しゆつせいをたつ
ぬるに若州酒井さかい家の家臣江
求馬もとめかせかれなりけるか 主人しゆしん京都
在役さいやくちう丈介も御近習きんしゆにめし
いたされ出きんいたし居けるか 丈介
若気わかげのいたりにて御屋敷やしき出勤しゆつほん
しける さま/\と流浪るろふして

ふつ明暗寺めうあんじ御門弟となり虚無こも
そうとなり諸国しよこく修行しゆきやうし ついに
藤見ふしみの庄のうち角曽名すみそめ井と
いふさとに足をとめ有馬丈助と
のり廿年来此里に住居ちうきよ
けるか 元来大家の家来にて気立きたて
も能人からにて発明はつめいなるせうとく
なれは善悪とも諸人のかみにたち

(21)

うんありける人にやこもそうにては
対鏡たいきやうといへはたれ知らぬものなく此
処にて近国きんこく虚無僧こもそうはい
をしたくにては尺八指南しなんして
有けるか武術ふしゆつ渋川しふかわの一りう
きはめあつはれ奉公ほうこうの言立にも成へき
ほとのげいにて諸国しよこくらう人この
対鏡たいきやうの高名を聞伝きゝつたへ此処に

たつね来り門弟となりてこもそうの
修行しゆきやうをしらう人のいのちをつなく
門弟凡八百人にみちて対鏡たいきよう
弟子といへはこもそう一にたれ
しらぬものもなくせう/\不ほうなる
事と出したりとて対鏡か門弟
といへはおそれてこれをゆるすほと
高名かうめうなるこもそう也けるか とかく

(22)

浪人らうにんともをかゝへ置ける事なれは元より
貧浪ひんろう人ともなれは其身一つのいのち
をつなくはかりにて先生のなんきを
すくふほとの事はてきぬ人体しんたい計にて
対鏡たいきやうもとかく日用にのみさしつかへくら
質屋しちやのやりくりいとまなくたま/\
すこしたくはへ有浪人出きれはこれ
を引うけしつかわし対きやうかたに

逗留し尺八けいこの内に無心むしんを言懸
しはらくの内に衣類いるいまてもなくし
ついにに一竹にすかりその身のうへをしのく
計りの身となりぬ また町家の小忰なと
遊里のたわむれになさんと尺八けいこ
に入もんしけれは十日も立さる内に
尺八をうり付三匁はかりなる尺八を三
歩はかりにうり付けれはいやなからも

(23)

先生のもふさるゝ事なれはとて三百疋を出
しもとめけれともついそれ切にしてき
たらぬものも有 またそのまゝたへすくるも
のは本則ほんそくをすゝめ是をうけさせ
其上或は天かいまたは袈裟けさのたくひ
じきなる品を高直かうしきにうりつけけれは
後々いかやうなる無心むしんにあわんもはかられす
とて次第に疎遠そえんになりゆき とかく富貴ふうき

なるものはえんなく貧者ひんしやはかりよりあつまり
うたてかりしくらしなりけり いへひんなれは
しぜんと心さまあしく成けるか 此女ほう
いふは大坂田村武八郎かかたに召つかわれ
しものゝむすめなりけるか かねて女房申
いけるは夫しやう介ももとはれき/\のさむらい
はてなれは何とそ二度元の武士ふしになし
夫にしたかふ女のならひ 其上入来いりきたるる人々

(24)

皆さむらいのはてなれは浪人ものゝ女房
にて一生すごすも口おしくさいわい今度
の小森様ははゝもとの主人田村武八郎
とのゝいもと八千代の御かたと申御人の
よろこひし伊豆守様なれは田村へたのみ
こみ夫丈介を小森家に出きんいたさせたく
おもひ はゝに此事さうたんしけれははゝ
さつそく大坂に下り田村にたのみけれは

かねて聞およひし丈介なれはさひ
八千代の方のもとへ田村より申遣しけれは
殿に申上給ひしに殿とのにもかねて処案内あんない
のくせものめしかゝへたくおもひ給ふおりから
なれは田村世といひ此処にて名高なたかき
丈助事なれはみるまてにもなくかゝ
へきまゝ支度したく次第さつそく出勤申べし
と御許容きよよう有しかは 丈助夫婦ふうふ

(25)

かたくとりいそきしたくしてほとなく
出勤しけれは先八両に三人扶持ふちを下
され御近習きんしゆに召出されすなはち御長屋に
うつりけるか已前いせんとは小身なから先元
の武士に立かへりけると夫婦ふうふとも悦ひ
あへり 扨丈助も年ろうといひ元より
はつめいなる男なれは間もなく取次とりつき
役人に仰付られ新参しんざなから古参こさん

の上に立勤けれは役料やくれう其外年とう
さく時事の寺しや并町家よりの付とゝけ
にていぜんの丈助とは抜群はつくん
主人のかけにて平日立派りつはにつとめ
御用向にて他出たしゆつの時は馬上にて
道具とうぐをもたせ往来おうらいしけれは浪人の
中さへ人々恐れし丈助なるに今は
猶更いかふはいしける 扨此処に奉行

(26)

はかわれとも有つきの家来少々有ける内
四方田よもた源之進といふは筆頭ひつとうにて有けるか
伊豆守様源之進をされ仰けるは 当
在役さいやくちう金子廿万両ほと用いたし
さしあたり金子三万両ほときうとり
候手段致しくれよと仰けれは 源之進
申けるは むかしより当所にてとなた
さまの御在役中にも御用金仰付られし

義一向御なく尤弐拾万両は勿論もちろん
弐万両も百両も拾両にても御取立とりたてなされ
候義は一向でき申さす候と申けれは
伊豆守殿はなはだ不けふにて其日
はそのまゝさしおかれけるか いろ仕案しあん
給へとも何とも源之進申方奉行にたい
失礼しつれいなると心外不少 丈助
をめされ四方田よもたか義をたつねたまふ

(27)

にかねて四方田申は賢直れんちよくなるせうとくにて
中/\親規しんきの義承引しよういん仕間敷御まへ
に対しそくざに失礼しつれい返答へんとう仕候
ほとのものなれは かれをそのまゝさし
置れなは日のさまたげとも成申
べく候へはすみやかにいんきよ仰付
られ然るべしと申上けれは 四方田は
隠居いんきよ申付へし 外に其元手段しゆたん有哉

と仰けれは 左様の義ずいふん手立に御座候
間御心安くおほしめさるべくと申けれは
猶其手段しゆたん熊井くまい在間さいま相談そうたんおい/\
申きかすへしと仰付られ 扨よくじつ
四方田を召れ退役たいやく隠居いんきよ申付給ひける
是そ藤見ふしみの庄そうとうの初めなりし
はうたてかりし事とも也

(28)

  藤見ふしみせう町々用金申付る事
  并 町中とゝうの事

表用おもてよう熊井くまい左二右衛門在間ざいま平十郎有馬ありま
丈助心を一にして用金取立のくわたてをな
しける 爰に下山宗二郎今井喜右衛門
坂本さかもと次郎右衛門しは五兵衛四人を取組とりくみめう
字をゆるし惣年寄そうとしよりの名もくをつかはし
ける 右四人のものをもつて伏見町中へ

たのみとして申けるは町/\年寄まて
申けるは 小もりも先伊豆守様当所御在
役中よりかまくら御役中御時せつ
しくことの外御物入多く其うへ近年
凶年きやうねんうちつゝき領分りやうふんのふさく是まて
よく年の知行を引当仕送しおくりくれ
/\ものも是有候へともたん/\銀子引
残り今日にても壱万両に及ひ候へは一

(29)

まつ皆済かいさいなくしては仕送りくれ候事
出来さるよしにてたん/\さいそくいたし
けれとも中/\先借残銀さんきんさい
勿論もちろん一向手を付候事も成申さす
候付たん/\断候へとも一向に承知なく
此上は鎌くらえ出訴しゆつそ申よし申出し
伊豆守様を初め役人衆やくにんしうことのほか
心をいため申事之筋により候へは小森

の御家にかゝり候事なれば何とも申付かねて
右の筋合すしあいきゝわけ町々より金子わり
合壱万両御用立申され候様年よりとも
え申けれは先承り罷帰まかりかへり町々寄合
評定へうせうしける処 大金の事なれは御
奉行様より御たのみいゝなから中/\御
一決して惣とし寄まて断申上くれ
/\相頼けれは中/\承知せす 一たん

(30)

出され候義御断申上候はゝ御違背いはい
相成候へは此方とも此取次とりつきは得致さす候と
いへは 大金の事といひまた町かす多き
処なれはきう/\相たんも不相極たん/\延
引に相成候処度々四人ものよりさいそく
しけれともらちあきかねしゆへ五日切にさし
上候様厳敷きひしく申付けれは町かた俄にそう
動し昼夜ちうや夫のみに相かゝりけるか 町人とも

大に立腹りつふくし申けるは 四人の者共小森家
にとり入今日そうよりの名目其上苗字めうし
まてもらひけれはさためて此一万両も
彼等かれらかこしらへし事にて此内ばつくんあ
たゝまり候つもりと相へけれは是は
ぢきに小森さまへ御断のねかいを申上て
よろしからんと申出しけれは 如何様
是もよろしくからんと弐百町の

(31)

事なれはくはしき相たんに及ふ
町々言次にて最早もはや願出けれは四五
町も打つれそは/\と年よりとも通り
けれは町分のこらす出ることゝ心得一町
中のこらす出る町も有けれはそれを
隣町りんてうきゝ段/\仰山きやうさんに成 凡二百
六十三丁の町人とも御奉行所の
御門前に充満じうまんしけれは奉行

所もおもひよらさる事なれは上を
下へと騒動そうとうしけれは四人のものとも
早/\かけ付右のあらましを物か□□
けれは在間さいま熊井くまいの両人非常ひじよう
装束しようそくをき馬に乗門前に立出こう
しようにして なんしらいかなる願事な
れはかくのことく徒党とゝうし奉けう
の御役所をさはかせ候哉と高声こうしよう

(32)

申けれともむらかり出し数万すまんの町
人ときのこゑをあくるのみ中/\
おときこしす 御奉行様えぢき
御願ひ申あけたき義御座候て罷出候と
はかりにて一向願のすし申さねは
両人も大にもてあくみ門内に入候
は有馬丈助すゝみ出物になれたるく
せものなれはさつそく普請ふしん場にゆ

炭墨はいすみをとかせかつ手の障子五枚取
よせ元より能筆のうひつなれは右障子せうし
はゐすみを以て口上書をさら/\と
大字に書付長屋なかやの屋にはしこをさ
ゝせ下人壱人に障子せうし壱枚つゝもた
せなか屋のやねに上りこれを下知し
けれは門前にみちし町人共此
口上書をみてよふ/\とくしんしおい

(33)

/\おのか町/\へ引取ける 扨よく日段/\
町/\年寄どもをよひ出し 先ねかい之義
すて置いつれの町より申出しきのふ
のことく徒党とゝうをむすひ奉行処をさは
かせ候哉 ほつたん申出せし町分なく
てはかなはさるなり あとより同心とうしんしけ
る町分明白に申上候様厳敷きひしく吟味きんみ
有ける処段/\申わけいたしのかれける処

四五町まちはほつたんの町分れけれは
年寄としより五人くみ牢舎ろうしや仰付られ御ぎん
みつよけれは元此町分仰山きやうさんにすべ
きつもりなり申出せし処 外の町
より心得ちかい仰山になりしよし段々
申ひらき候へとも取上なく此四五丁
罪におちける事こそうたてけれは外/\
の町分此義に大におそれ入また此上御

(34)

用金御断のねかいを出しなはいか成せめに
あふへきやとおそれ入ける処 また此度は
御しらすにめし出され御用金のさいそく
きひしく仰出されけれは初めの越度おちと
恐入早/\町/\割合わりあいをもつてつがう
一万両上のう致しけるか 其上また此度
町々徒党とゝうにくみし奉行処をさはかせ
第一御公儀御法度はつとそむきはなはたふとゝき

の至り 此上人へつに吟味し糺明たゝしに及ふべき
処御れんみんをもつて御用捨なされ候間
過料くわれうとして金子五千両さし上申
へしと申わたしけれは 町人ともさい
の壱万両さへ出しかねし上また五千両
過料くわれう仰出されけれは大に仰天きやうてん
けれとも不調てう法の上の事なれは是非せひ
なく金子五千両差上御れい申わひ相

(35)

済ける 扨また牢捨ろうしや致しける
年寄五人組の町々を召出し 此度
其町にはほつとうし徒党とゝうくわた
てし段御ほうそむきしとかよりりて
れいのことく死罪しざいにおこなふ処なれ
とも御じひをもつて助命しよめい
つかわされ度おぼしめし候へは命
こひ御わひ金として町内より五百両

さし上申へしと申渡しけれはぜひなく
金子をさし上年寄五人組の助命しよめい
をねかふ 今度壱万五千両の上のうひん
なるものは家財かさいをうりしろなく諸道
具いるい処持しよしせしものは質屋しちや入魂しゆつこん
し町/\物さはかしき事昼夜ちうやわかち
なく是そ此処の衰微すいひのほつたんなり
けるか小森家にははしめよしとよろこ

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ひあゑり

武家玉手箱前篇第四