(1)
合共廿巻
武家玉手箱 三之四
(2)
武家玉手箱前篇第三
目録
一 谷間小森に勤かた示談の事
并 小森藤見の庄に奉行職仰付らるゝ事
一 小森笈之進木や町借座敷の事
并 奥源左衛門に偽器を迦る事
(3)
武家玉手箱前篇第三
谷間小森につとめかた示談の事
并 小森藤見のせう奉行職に仰付らるゝ事
百年の栄華もついには夢幻泡影と
かや 小森伊豆守正峰殿は鎌倉御若
年寄に昇進し給ひ諸侍の司
たれは威光ならひなくまし/\
(4)
けるか終に無常のあらしにいさなはれ
御死去なされけれは 御子息備前守とのを
はしめ家中暗夜に灯火をうしないし
如くなりけるか さてしもあるへきことなら
ねはせうくん家に言上し御家とく
備前守え遠江の内小室の庄一万石相
違なく安堵の御教書を下し
置れ 野辺のおくりも相済尽七日
つゝかなく相済ければ 家督の御礼将
軍家へ抑上られ禁中へも奏し奉
り官をも伊豆守に申かへさせ給ひ万
事首尾よく相済ける もとより
谷間家とは入魂の事なる所 谷間主
水正殿次第に昇進朝日の登るかことく
当時かまくら執権職に加り新役
なから古役の衆も谷間の下知をうけ
(5)
給ふ様に成給ひしはめ出たくかりける
御運かなと谷間を浦山さるはなかり
故伊豆守正峰殿は谷間家のちには
昇進し給ひ終に鎌倉の執権
彼人壱人掌握したまはん事を
遠慮し子息栄華をおほし
めしはかり給ひ 我部屋八千代のかた
のいもとを谷間にいたしついにのかれぬ
中と取組置給ひしは父の遠計的
中の時節と伊豆守をはしめ家
中悦ひあへり 扨八千代の方より谷間
の御部屋色香の方えこま/\と伊豆
守身の上の事頼遣し給ひけれは
元より兄弟の頼古主人現在我ため
に甥なれは打すておくへき心てひ
なく何卒谷間様へ能に申上ん
(6)
かねて色香とのにもおもひ居給ふ折から
姉御のかたのくれ/\とせし御頼なれは
早速谷間様に申上給ひけれは委
細訳はしり給ふ上の事なれとも 殊に
てう愛の婦しんの申上る事 其上色香
のかたの訳あれば中/\すて捨置たまふ
おほし召もなけれとも 余人の手まへ
もあれは万事は手前にまかせおか
れよとの返答なれは 小森家にも一統
安堵のおもひをなし只時節の来る
相待ける 或時谷間家より小森家を
内々めされ仰けるは 貴様事拙者
も引立るほとに存候得とも未時
せつきたらす いろ/\工夫し候へ共直さまわ
か年寄と昇進致させ候事 さしあたり
きんかうもなくまたいたつて奥向に
(7)
引手もなく今また人数の操合せもな
らす候得は 拙者存命候はゝほとなく
かまくら執権職まて昇進致せ進し
申べし たとひ短命候とも遠計残
しおき申へく候まゝ末頼母おほ
しめし暮させ給ふべしとて何歟
みつたん数刻に及ひ 其上たがひ
に神文をとりかわし給ふ 余人其
意を知るものなし 扨先近日大御番
職仰付らるへく候へは難波みやこの諸
役人并町家の気風をとくと御示
覧なされ 其上藤見の庄は則貴様
御出生の地なれは御家来もいさゐそ
んし居申へく候へとも時々処の様子も
かはり且かの地は壱人やくなれは金銀
のさいかく自由成べく候へは御家来
(8)
へ仰付られ在役中充分御才覚なさる
へく何れ当時は奥向も賄賂てなくては
身立出世難致 拙者壱人御贔屓に
存候ても奥むきのしゆびまた第一也
其上同役の存寄も候へばたゝ何
事もまいなゐをもつてするより
外当時の人の気に逢ふ事是な
く 是則身を立家をおこし先祖へ
の忠儀第一 また君えの忠儀は神君御治
世已来御静謐の世の中なれとも
いつとなく金銀は町人これをつかさとる
時節となりて諸大名も町家に
金銀を借用し返済なきときは
鎌倉にうつたえ出 理の当然なれは厳
しくとり立つかはされけれは 町人の
金銀を司とる事諸候の上にこし これ
(9)
は扨/\心外の世の中なれば何卒随
分工夫をめくらし町人の金銀を
取上る事 是君えのちうぎ第一と
存せられ御忠勤しかるへし また
此方よりも時々指図申へく候へとも
かねてさやうにそんせられよと 数刻御
閑談にて其日は別れ給ひける 扨近
日小森殿執権方御立合の席へ
めし出され大御番頭職に仰付られあり
かたく御受とり仰上 難波御勤番の
節かの地の人気をこゝろえ都御在番
の砌京都の風気をとくしん御下向なされ
けれは首尾能両度の勤番相済
ふしみの庄奉行しよくに仰付られけれ
は有かたく古郷えは錦をかさると
いへる古言のことく家中もびをつくし
(10)
行れつ厳重に藤見の庄に御上着
なされけれは 処の町人とも当処御出生
の殿さまなれは定て有かたき御捌
なるべしとみな/\途中に出迎奉り
けるか后の相違そうたてけれ
小森笈之進木屋町かり座敷の事
并 奥源左衛門に偽器を迦る事
田村武八郎か弟は伊豆守殿母堂八千代殿
弟にて外戚なれは幼少より小森家に
召出され小森の名字を給り家老かくま
て百五拾石をてうたいし無役同様に
て遊ひくらし居けるか 当時にては伊豆
守のじつは伯父にあたりて家中みな
/\尊敬しける 茶道は故正峰に
仕上られ当家の一流をきはめし上手な
れは京大坂の茶道具屋も此人を尊
(11)
敬しけるに 此度藤見在役中なれは
京大坂心当安き町人と出会し処/\
え茶湯に参りけるに 此節は出京
し木屋まち三条にかりさしきに
日夜茶人の出入絶間なき処 こゝに
やふの下辺に大文じや宗兵衛といふ茶とう
ぐや有けるか 町人のなかにも至つて
すゝとく人のめをかすめ高利おむさ
事をせうとく好みけるか 宗兵衛か得意
に豊前の小倉の郷士おく源左衛門は八
万石ほとのくらしにて大名同前の人
なれは 先年も此宗兵衛か手先に
て千のあられ釜 是は秀吉の処持
にして万器に勝れし器ぶつをあ
きなゐ また衣擣かた青地の香炉
古わたりの上さくものにて五百両に
(12)
うりわたし その外五十両百両の道具
多くあきなひ一かと仕合しけるは また
此度源左衛門出京して室町三条
に逗留しありけるか 宗兵衛も此方に
日々出入種/\油をなかし注文を
受取けるか 幸の折からと小森笈之進
に引合せ 其后藤見御奉行様へも
茶湯に供して参りけるか 田舎侍
の事なれは茶の道に好といへともつい
に大名と茶の湯をしことなき処宗
兵衛か引逢を故 此度の上京は一入面
しろき茶席に出古郷えのはなし
の第一なりと宗兵衛をことのほかにあい
し心よくとうりうしあそひくらし
けるに 宗兵衛つく/\源左衛門か
様子をかんかへ見るに 何さま田舎の
(13)
人なれば茶器とてもあまた取扱か
わす中/\真偽の見わけはおもひも
よらす またかの地のうはさを聞におく
をその処の先生として茶の弘し
ほとの事なれは たとへ偽物を高金
にしてかふせしとて后日家業
のさまたけに成ほとの事は有まし
く 彼人千家の門人なれは此方へ
えしれさるやうに手段し 何卒已前かすき
し代もの不残つき付たしと 扨小森笈之進
方にゆき右の相談しかけけるに もとより
笈之進もよくふかき生付なれはさつそく
呑込 源左衛門方にゆき右のしろもの
見せける処 いつれおもしろく品ともな
れは預りおくべしなれはそのまゝ
指置帰りけるか 外におくえ出入の道具
(14)
屋に唐木屋清蔵といふものあり 是も
かねて手段の社中に加へ置けるか 源左衛門
清蔵をよひよせ 件の道具みせけれは
清そう一/\直打して先方よりは
凡是ほとに売払たきのそみ成へし
といつば おく此直打を聞凡千両程
も宗兵衛か言直下直なれは能買
ものと心得 扨是より小森に目利を
たのまんと小森の旅宿にもたせ行
見せけれは 笈之進一/\どうぐを目きゝ
扨何れもおもしろきものにて候 扨直段
はいかほとともふすやとたつねけれは
宗兵衛言直を申聞しけれは 扨/\
それは能買もの 手前とも銀子工面
出来候はゝ調置申度 手前に処持いた
し置望手出候時伊豆守に添翰を
(15)
かゝせ諸候かたまては富家の町人
にても遣し候得は急度千両道具
と調法に成申候と物語しけれは 源
左衛門手段事とはいざしらす 扨/\
御目利にあつかり其上何よりみゝより
なる御ものかたりをうけたまわり候もの
かなと 万々一此道具買受候はゝ其元
さま御世話下され伊豆守様に御そへかん
申請候義は出来申間敷やとたつねけれは
成ほと拙者申込進し候はゝ伊豆守子細
なく添書したゝめしんすへくと申
ける しかる処へ大文し屋宗兵衛参小森
氏并奥氏にも挨拶相済 さて
源左衛門さまに申上候 此間御らんに入申
候とうぐ如何遊はされ候哉 払主かた
先刻私よひに参り参上仕候処払主
(16)
申候は 先に一軒見せ申候処いまた何とも
返事聞きらす 私方へ見せ申候処先
方より相談も出来さうに申来り候ゆへ
みき道具いまた相談相談まらす候はゝ
先約のかたに相談きはめ申すべき
候とたつね申候に付 只今御旅宿へ
参上申候処こなたへ御出のよしに付
参上仕候 いかゝ御思案御付なされ候哉と
申けれは それは火急に相成いかゝすへき
やと返答出かね候へは 笈之進申けるは
夫は御尤かりそめならぬ大金の事な
れは只今卒こつに御もとめなさるへき
の御返答は出来間敷候まゝ明日まて
何とそ成ともいゝのはせ申へしと宗兵
衛に挨拶しけれは かしこまり候 明
日まてのばせ置申べしとて 扨それ
(17)
より右の道具の噂に成両人して段/\
口りこうにそやしけれは 奥もついに
たまされ其席にて手をうち買上
けるはうたてかりけるしだいなり その
夜手付金三百両渡し残りは国元へ
早/\申遣し上りしたい渡すべき
の約束にて事済 扨そへ翰を伊
豆守に書せ置すへしとて笈之進
方に道具を留置 奥国元え帰る前日
に添翰諸共わたしけるとそ 是は自
然かのかたにつかわし候はゝ千家へ見す
べしとの了簡にてかく計らひし
とそ あまつさへ添書も笈之進か認
め伊豆守の似せ印をこしらへこれを
つかわし つかう百五十貫目三人して
配分しけるはおそろしかりし
(18)
事共なり
武家玉手箱前篇第三
武家玉手箱前篇第四
目録
一 有馬丈祐小森家へ召抱へらるゝ事
并 四方田源之進急隠居之事
一 藤見の庄町々に用金申付る事
并 町々徒党の事
(19)
武家玉手箱前篇第四
有馬丈介小森家へめしかゝへらるゝ事
并 四方田源之進急隠居の事
或は生れなからにして是を知り学
て知りくるしんてしる 其此をしる
にいたりては一なり 是は聖賢人
道安気にもとつくの善事をい
(20)
へとも善悪しやべつせさる時は一
なり 爰に有馬丈介が出生をたつ
ぬるに若州酒井家の家臣江見
求馬かせかれなりけるか 主人京都
御在役中丈介も御近習にめし
いたされ出勤いたし居けるか 丈介
若気のいたりにて御屋敷を出勤
しける さま/\と流浪して
大仏明暗寺御門弟となり虚無
僧となり諸国を修行し ついに
此藤見の庄のうち角曽名井と
いふさとに足をとめ有馬丈助と名
乗廿年来此里に住居し
けるか 元来大家の家来にて気立
も能人からにて発明なるせうとく
なれは善悪とも諸人の上にたち
(21)
運有ける人にやこもそうにては
対鏡といへは誰知らぬものなく此
処にて近国の虚無僧の支はい
をし宅にては尺八指南して
有けるか武術も渋川の一流
を極めあつはれ奉公の言立にも成へき
程のげいにて諸国の浪人この
対鏡の高名を聞伝へ此処に
たつね来り門弟となりてこもそうの
修行をし浪人のいのちをつなく
門弟凡八百人にみちて対鏡か
弟子といへはこもそう一派にたれ
しらぬものもなくせう/\不法なる
事と仕出したりとて対鏡か門弟
といへは恐れてこれをゆるすほと
の高名なるこもそう也けるか とかく
(22)
浪人ともをかゝへ置ける事なれは元より
貧浪人ともなれは其身一つの命
をつなくはかりにて先生のなんきを
救ふほとの事はてきぬ人体計にて
対鏡もとかく日用にのみさしつかへくら
し質屋のやりくりいとまなく応
すこしたくはへ有浪人出きれはこれ
を引受世話しつかわし対鏡かたに
逗留し尺八けいこの内に無心を言懸
しはらくの内に衣類まてもなくし
終に一竹にすかりその身のうへをしのく
計りの身となりぬ また町家の小忰なと
遊里のたわむれになさんと尺八けいこ
に入もんしけれは十日も立さる内に
尺八をうり付三匁はかりなる尺八を三
歩はかりにうり付けれはいやなからも
(23)
先生のもふさるゝ事なれはとて三百疋を出
しもとめけれともついそれ切にしてき
たらぬものも有 またそのまゝたへすくるも
のは本則をすゝめ是をうけさせ
其上或は天蓋または袈裟のたくひ
下直なる品を高直にうりつけけれは
後々いかやうなる無心にあわんもはかられす
とて次第に疎遠になりゆき とかく富貴
なるものは縁なく貧者はかり寄あつまり
うたてかりしくらしなりけり 家貧なれは
しぜんと心さまあしく成けるか 此女房と
いふは大坂田村武八郎かかたに召つかわれ
しものゝ娘なりけるか かねて女房申
いけるは夫丈介ももとはれき/\の士の
はてなれは何とそ二度元の武士なし
夫にしたかふ女のならひ 其上入来る人々
(24)
皆さむらいのはてなれは浪人ものゝ女房
にて一生すごすも口おしく幸今度
の小森様は母か元の主人田村武八郎
とのゝいもと八千代の御かたと申御人の
よろこひし伊豆守様なれは田村へたのみ
込夫丈介を小森家に出勤いたさせたく
おもひ はゝに此事さう談しけれは母
さつそく大坂に下り田村にたのみけれは
かねて聞およひし丈介なれは委さひ
八千代の方のもとへ田村より申遣しけれは
殿に申上給ひしに殿にもかねて処案内
のくせものめし抱たくおもひ給ふおりから
なれは田村世話といひ此処にて名高き
丈助事なれはみるまてにもなく抱ゆ
へきまゝ支度次第さつそく出勤申べし
と御許容有しかは 丈助夫婦有
(25)
かたくとりいそきしたくしてほとなく
出勤しけれは先八両に三人扶持を下
され御近習に召出され則御長屋に
引移けるか已前とは小身なから先元
の武士に立帰りけると夫婦とも悦ひ
あへり 扨丈助も年老といひ元より
はつめいなる男なれは間もなく取次
役人に仰付られ新参なから古参
の上に立勤けれは役料其外年頭
八朔時事の寺社并町家よりの付届
にていぜんの丈助とは抜群相違し
主人のかけにて平日立派につとめ
御用向にて他出の時は馬上にて
道具をもたせ往来しけれは浪人の
中さへ人々恐れし丈助なるに今は
猶更いかふ倍しける 扨此処に奉行
(26)
はかわれとも有付の家来少々有ける内
四方田源之進といふは筆頭にて有けるか
伊豆守様源之進を召され仰けるは 当
所在役中金子廿万両ほと用意致
度指あたり金子三万両ほと急々取立
候手段致しくれよと仰けれは 源之進
申けるは むかしより当所にてとなた
さまの御在役中にも御用金仰付られし
義一向御座なく尤弐拾万両は勿論
弐万両も百両も拾両にても御取立なされ
候義は一向でき申さす候と申けれは
伊豆守殿はなはだ不興気にて其日
はそのまゝさし置れけるか 色々仕案し
給へとも何とも源之進申方奉行に対
し失礼成儀と心外不少 丈助
をめされ四方田か義をたつねたまふ
(27)
にかねて四方田申は賢直なるせうとくにて
中/\親規の義承引仕間敷御前
に対しそくざに失礼の返答仕候
ほとのものなれは かれをそのまゝさし
置れなは後日のさまたげとも成申
べく候へはすみやかにいんきよ仰付
られ然るべしと申上けれは 四方田は
隠居申付へし 外に其元手段有哉
と仰けれは 左様の義ずいふん手立に御座候
間御心安くおほしめさるべくと申けれは
猶其手段熊井在間に相談し追/\
申きかすへしと仰付られ 扨よくじつ
四方田を召れ退役隠居申付給ひける
是そ藤見の庄そうとうの初めなりし
はうたてかりし事とも也
(28)
藤見の庄町々用金申付る事
并 町中とゝうの事
表用人熊井左二右衛門在間平十郎有馬
丈助心を一にして用金取立の企をな
しける 爰に下山宗二郎今井喜右衛門
坂本次郎右衛門柴五兵衛四人を取組苗
字をゆるし惣年寄の名目をつかはし
ける 右四人のものをもつて伏見町中へ
たのみとして申けるは町/\年寄まて
申けるは 小森家も先伊豆守様当所御在
役中より鎌くら御役中御時節あ
しくことの外御物入多く其うへ近年
凶年うちつゝき領分のふさく是まて
翌年の知行を引当仕送りくれ
/\ものも是有候へともたん/\銀子引
残り今日にても壱万両に及ひ候へは一
(29)
まつ皆済なくしては仕送り呉候事
出来さるよしにてたん/\さいそくいたし
けれとも中/\先借残銀皆済は
勿論一向手を付候事も成申さす
候付たん/\断候へとも一向に承知なく
此上は鎌くらえ出訴申よし申出し
伊豆守様を初め役人衆ことのほか
心をいため申事之筋により候へは小森
の御家にかゝり候事なれば何とも申付かねて
右の筋合を聞わけ町々より金子割
合壱万両御用立申され候様年寄とも
え申けれは先承り罷帰町々寄合
評定しける処 大金の事なれは御
奉行様より御たのみいゝなから中/\御
一決して惣年寄まて断申上くれ
/\相頼けれは中/\承知せす 一端仰
(30)
出され候義御断申上候はゝ御意違背に
相成候へは此方とも此取次は得致さす候と
いへは 大金の事といひまた町数多き
処なれはきう/\相談も不相極たん/\延
引に相成候処度々四人ものよりさいそく
しけれとも埒明かねしゆへ五日切にさし
上候様厳敷申付けれは町かた俄に騒
動し昼夜夫のみに相かゝりけるか 町人とも
大に立腹し申けるは 四人の者共小森家
にとり入今日惣年寄の名目其上苗字
まてもらひけれはさためて此一万両も
彼等かこしらへし事にて此内ばつくんあ
たゝまり候積りと相見へけれは是は
ぢきに小森さまへ御断の願を申上て
よろしからんと申出しけれは 如何様
是もよろしくからんと弐百余町の
(31)
事なれはくはしき相談に及ふ間も
町々言次にて最早願出けれは四五
町も打つれそは/\と年寄とも通り
けれは町分のこらす出ることゝ心得一町
中のこらす出る町も有けれはそれを
隣町に聞段/\仰山に成 凡二百
六十三丁の町人とも御奉行所の
御門前に充満しけれは奉行
所もおもひよらさる事なれは上を
下へと騒動しけれは四人のものとも
早/\かけ付右のあらましを物語
けれは在間熊井の両人非常の
装束をき馬に乗門前に立出高
声にして 汝らいかなる願事な
れはかくのことく徒党し奉行
の御役所をさはかせ候哉と高声に
(32)
申けれともむらかり出し数万の町
人ときのこゑをあくるのみ中/\
物音きこしす 御奉行様え直に
御願ひ申あけたき義御座候て罷出候と
はかりにて一向願のすし申さねは
両人も大にもてあくみ門内に入候
は有馬丈助すゝみ出物になれたるく
せものなれはさつそく普請場にゆ
き炭墨をとかせ勝手の障子五枚取
よせ元より能筆なれは右障子に
はゐすみを以て口上書をさら/\と
大字に書付長屋の屋根にはしこをさ
ゝせ下人壱人に障子壱枚つゝもた
せなか屋のやねに上りこれを下知し
けれは門前にみちし町人共此
口上書をみてよふ/\とくしんし追
(33)
/\おのか町/\へ引取ける 扨翌日段/\
町/\年寄どもを呼出し 先願之義
は捨置いつれの町より申出しきのふ
のことく徒党をむすひ奉行処をさは
かせ候哉 ほつたん申出せし町分なく
ては叶さるなり 跡より同心しけ
る町分明白に申上候様厳敷御吟味
有ける処段/\申訳いたしのかれける処
四五町まちはほつたんの町分知れけれは
年寄五人組牢舎仰付られ御吟
みつよけれは元此町分仰山にすべ
きつもりなり申出せし処 外の町
より心得ちかい仰山になりしよし段々
申ひらき候へとも取上なく此四五丁
罪におちける事こそうたてけれは外/\
の町分此義に大におそれ入また此上御
(34)
用金御断のねかいを出しなはいか成せめに
あふへきやとおそれ入ける処 また此度は
御しらすにめし出され御用金のさいそく
きひしく仰出されけれは初めの越度に
恐入早/\町/\割合をもつてつがう
一万両上納致しけるか 其上また此度
町々徒党にくみし奉行処をさはかせ
第一御公儀御法度そむき甚たふとゝき
の至り 此上人別に吟味し糺明に及ふべき
処御れんみんをもつて御用捨なされ候間
右過料として金子五千両さし上申
へしと申わたしけれは 町人とも最初
の壱万両さへ出しかねし上また五千両
の過料仰出されけれは大に仰天し
けれとも不調法の上の事なれは是非
なく金子五千両差上御礼申わひ相
(35)
済ける 扨また牢捨致し居ける
年寄五人組の町々を召出し 此度
其町にはほつとうし徒党を企
てし段御ほうそむきし罰に依りて
御例のことく死罪におこなふ処なれ
とも御じひをもつて助命し
つかわされ度おぼしめし候へは命
こひ御詫金として町内より五百両
指上申へしと申渡しけれはぜひなく
金子を差上年寄五人組の助命
をねかふ 今度壱万五千両の上納に貧
なるものは家財をうりしろなく諸道
具いるい処持せしものは質屋入魂
し町/\物さはかしき事昼夜わかち
なく是そ此処の衰微のほつたんなり
けるか小森家にははしめよしとよろこ
(36)
ひあゑり
武家玉手箱前篇第四