酒典童子

(4)

酒典童子第一
それ我朝は粟散遍土と申せとも 久
かたのあめひらけ あらかねの地かたまり
しより ちはやふる神の瑞穂の御国とし
て すへらきのかしこき御世にいたり その
徳風あらたにさかんなれは ひろき御めく
み 四方にあまねく ふかき御いつくしみ
世にしけかりき十日の風 枝をならさね
は国土をのつからおたやかなり 五日の雨
つちくれをやふらざれは 人民まことにゆ
たかなり されは国をおさめ 民をなて給
ふ道 尭舜のまつりことにもこへつへけ
れは 四海浪しつかに 関の戸もとさゝ
ざるところに 人皇六十よ代のみかと 一条

(5)

院の御宇におよんて 洛中に一つの災
なんおこり 九条の人民おほくうせほろ
ふことありけり 好事もなきにはしかしと
いふに いはんやこれは上下のさはき 万人
のなけきなれは 悲しんてもあまりある
ものをや いまた一人二人みえさるあひた
は もしは男の心にひかされ もしは女の情
によはり 身をいたつらに跡をかくすこと
もやと あやしみなから さて過ぬ後には
あそこ爰に 子をとられ孫をとられて 
なけきさけふ声おひたゝし やんこと
なき公卿うんかくの姫君たちも あまた
うせ給ひぬ 御行衛たつね給へと 死生
さらにあきらかならす これたゝことにあ
らす ひとへにてんまのわさなるへしと 君も
ゑいりよおたやかならす すなはち公卿
せんきまし/\けるか むかし神武天皇
あまつひつきのくらゐをはしめ給ひし
より このかた国をめくみたみをなて給ふ ま

(6)

つりこと もつはら神徳をかゝやかし給へり さ
れはやしまの国もゆたかに 四の海浪しつ
かなる事 日々にあらたなり しかるに欽明
天皇の御宇に仏教わたり 聖徳太子し
ゆつせして 三ほうをひろめ給ふより この
かた仏法わうほうあひともに まんきのま
つりことつとめ給へは いよ/\国家安全なる
へきところに やゝもすれは きねんにをよん
ては兵乱おこり さいなんいてきて 人民
のなけきとなるこそ あさましけれ これ
しかしなから とき末法にきし 世澆末年に
いたるゆへか さがの天わうの御ときも 洛中の
人民行方なく うせほろひしを こうほう
大師におほせて 御きたうをはしめられ
けり そのしるしにや いくほとなくやみにき
 いまもそのれいにまかせ 御きたうあるへし
とて 諸寺しよさんより きそうかう僧を
めされ大ほうひほうをおこなはれしかとも さ

(7)

らにそのしるしもなし 人のうすることい
よ/\はなはたしく 女をとらんとてはお
つとにけんじ 男をとらんとては女にへん
す 又は父母おちめのとゝなりて たふらかし 
とるといふほとこそあれ 洛中の人民 ひる
ともいはす よるともなく 門木戸をとち 
いゑ/\をさしふさき 人にもあはす 人をも
いれす おめきさけひなきかなしむこゑ 
ひまなかりけり すてにみやこのさはき  
もつてのほかなれは そのころ陰陽のは
かせ あへのはれあきらと申て 神人の候し
を きんちうにめされ うらなはせ給へは

(11)

(挿絵)

晴あきらかんかへ申ていはく 今日の御うら
かた 御つゝしみかろからす わさわひのこん
けんをたつぬれは 王城よりにしにあたつ
て 大江山禅定かいはや といふ所あり かの
いはやに 酒てんとうし と申きしんすめり
 その身通力自在なるうへ おほくのけん

(12)

そくをめしつかふ かれら四方に飛行し
て 人民をかいし ろくちくをころすこと かく
のことし さりなから 我朝は神国なり 又仏
ほうさかんなり ちよくめいをなし武勇
をもつてたいちせられは やす/\とめつ
ほうつかまつり候へし と申けれは 君も臣
もたのもしくそおほしける このはれあき
らと申は あへの仲麿か門葉 大膳大夫
よしきか子なり 賀茂やすのりを師と
して 天文道をつたへ 神通をえたるめい
よのはかせなり されはやくしの十二神
をもめしつかいぬ 一とせ命つき めいどに
おもむきけるにも ゑんまわうよりかへし
給ふて そせいしけるものなり 先朝の御
くらゐをすて給ひ 花山院へいらせ給ひ
し夜も このせいめいそ みとかめ申 そうもん
したりけるとかや かゝるきたいの神人な
れは せん文すこしもあやまつへからすとて
 ぶしをゑらませらるゝに その頃天下名

(13)

をえたるゆみやのたつしやおほき中に
 たゝのしやうぐん満仲のちやくし 摂津の
守よりみつこそ まうほんぶりやく 世にす
くれ ことに神に通し へんけのものゝお
それすといふことなかりけれは すなわち頼
光をきんていにめされ 近年らくちうに
 人民おほくうせほろふこと 丹州大江山ぜ
むぢやうかいはやにすめる しゆてんどうし
かしよいなり なんぢいそきかしこにまか
りむかつて たいぢつかまつれ とのちよ
くぢやうなり よりみつかしこまりて申
されけるは 朝敵ついたうの勅定をかうむること
 弓矢の面目にて候へ共 是は人りんのたく
ひにあらす 通力へんけの鬼神なれは 凡
夫の力にては たやすくめつはうしかたく
候はんか と申されける

(挿絵)

(14)

(挿絵)

(15)

その時くわんはく殿仰られけるは むかしより
わか国は神威あらたなるによつて 王命を
そむくものゝ 天はつをかうむらすといふ

(16)

ことなし そのかみてん智天わうの御宇に 
ちかたといへるぎやくしん ちよくぢやうに
いはいしたてまつる かれをほろほさんとし
給ふに かれ四人のおにをめしつかふ事 ある
ひは大風をおこして きじやうをやふり あ
るひは洪水をみなきらし 官兵をな
やます あるひは身金石のことくにて いる
やもたゝぬきしんあり 又かたちをかくし
て きをふいにとりひしく かやうにじん
べんをふるまへは たやすくせむへきやうも
なかりしに 紀の朝雄朝臣といふ人 ちよく
をかうふり かの城へむかひしか たゝかひを
ばやめて 一首の歌をよみ おにの中へそ
つかはしける
  草も木も 我大君の国なれは
  いつくかおにの やとゝさためん
四人のおに この歌にめてけるにや 我
王土にすみなから 違ちよくの臣にした
かふへからすとて こくうにあかり うせけれ

(17)

は千方〈ちかた〉はさうなくうたれにけり その外
すかるかいかつちをとり 蔵人かさきをいた
きし例 みなこれわうゐのいみしきゆへ
なり いはんや君はあまてる太神より 三
十七世にあたらせおはしまし聖主賢
わうのきみにおはします しかるになんちは
ぶようちりやくのたつしやなり 王威と
申まうほんといひ いかてかたいち せさらん
 なかんつく ほうしやう朝臣もふようの
兵なれは おなしくめしくすへし とそ
おほせける よりみつかさねてしさいを申
におよはされは りやうじやう申て たゝれけ
り しゆく所にかへり まつつな公時貞光
末たけ等の 四てんわうをめしいたし
ちよくちやうのおもむき申きかさる その
後 保昌朝臣をよひたてまつり かくと
つけ給へは をの/\大事のおほせなりと
きようふす 中にも つなと申は勇力第一
のおのこなり 先年一条むらくものはし
にて きしんをうでをきつておとしたる

(18)

大かうのものなれは 思案におよはす計
略をもめくらさす すみやかにうちむかい
給へと いさみけるを ほうしやうの朝臣申さ
れけるは 王命をうけたまはり 敵をうつ
兵たれかはいさまてはあるへき さりなから
かの童子と申は つうりきへんげのきじ
むなれは たやすくあさむくへからす わ
たくしの勇力をたのみ かさをしにう
たんとせは かへつてりをうしなふへきこ
と 一ちやうなり むかし さかのうへのたむら丸
 ちよくめいによつて 高丸をうちけるも わ
か身の勇猛〈やうまう〉をたのます 清水のくわん
ぜおんをしんじ じよじやうをあふきた
てまつりしかは ことゆへなくかれをほろ
ほしけり されは当時も かのれいをまなん
て 氏神のかごをもつて ぶりやくをかゝ
やかさは ほんゐをとけんかと申されけれ
は よりみつも四てんわうも しかるへし
とて このぎにそ同しける よりみつは
げんしの武将なれは 氏神正八幡宮
へさんけいし給ふ ほうしやうは としころ

(19)

そうきやうし給ふにつれて くまの山へ
まいり給ふ 四てんわうはすみよし四所
明神にさんろう申ける

(24)

四てんわう すみよしにまうてけることは む
かし神功皇后の 三かんをたいらけ給へ
るとき すみよし明神はしやうぐんと
なり すはの明神はふくしやうぐんとな
りて かうくうをしゆこし いてをたいらけ
給ふこと あれはそのれいをあふきた
てまつるゆへとかや いまとても君を
まもりの御めくみ なんそあさからん さ
るほとに神託あらたに おの/\御む
さうをかんしけるやしろなり 中にも
よりみつは七日にまんする夜のとらの
一てんに かたしけなくも八まん大ほさつ
 八しゆんにあまれる老翁とけんじ あ
らたにつけてのたまはく ふてんのした
そつとのうち いつくかわうちにあらさる

(25)

や しかるをちよくめいにそむきて いとをな
やまし侍る てんはつなんそなからんや す
みやかに行むかつてうつへし さりなから
わたくしの武ようをたのみ たせいをも
よほし うちよせは かならすうちもらす
へし をの/\法力をたつとみ 山ふしの
すかたとなつて むかふへし 翁も かたの 
ことく ちからを 合せ申へしとて 御身より
ひかりを はなち 内陣にいらせ給ふとお
ほしくて 夢さめ ぬよりみつはあまり
のたつとさに 七度のらいはいをまいらせ
下向し給ふ ほうしやうも 四てんわうも お
なしく霊夢をかうふり下向す おの
をの神託の けつゑんなることをよろ
こひたてまつり すなわちやまふし
のすかたにいてたちたまふ そもそ
も山ふししゆぎやうと申は 大しやう
ふとう明わうのそんひやうをかり ゑん
のうばそくのぎやうぎをまなふこと
なれは おの/\しやうじんけつさいを

(26)

つとめて しやうそくす まづときん
といつは五智のほうくわんなれは
 十二のゐんゑんのひたをすへていたゝ
き 本有舎那のかきのころもは 肉身
赤色をひようして せん達のみそ こ
れをちやくす くゑのまんたらのすゝか
け たいざうこくしきのはゝきをはき さ
てまたやつめのわらんづは 八ようの
れんげをそふまへける うしろに お
へる ふちをひは ひ母のたいなひを
ひようし 骨肉皮をわかつとかや おいの
なかにはちうだいのよろひかふとをい
れ おの/\てうほうの太刀かたなをそ
 さゝれける

(28)

まづ頼光のおひには 月かずと申て
 ひおとしのよろひに しゝ丸とかうして
をなしけの五まいかふとに くわがたう
つたるをそ入たまふ たちはちすいと

(29)

申て 太神宮よりたまはりたるてう
ほうなり このたちと申は むかしさが
のてんわうの御とき さかのうへのしやう
ぐんたむらまる はうきの国ゑみのこ
ほりのちう人 大原の五郎大夫やすつ
なといふ めいよのかぢをめしてうたせ
られしけんなり たむらまるこの太刀
をもつて すゝかの御せんとつるぎあ
はせし給ひぬ 又ぎやくしん高丸を
たいらけたまひてのち いせ太神宮
の御ほうてんにおさめらる そののちよ
りみつさんぐうしたまひつるとき 太
神宮 なんぢこのつるきをもつて 朝
家をしゆこしたてまつれと あらた
に御たくせんまし/\ 夢中にさつ
け給へるなれは 神慮をあふき 今度
このけんをそさゝれける やすまさのお
ひには からかねと申て むらさきいとの
おとしのよろひ おなしけの三まいか
ふとをそ いれられける 太刀はこのころ

(30)

びせんのくにのぢうにん 助平といふ
かぢか三年しやうぢんけつさいして 
七重にしめをはり きたいいだせる
けんなるを 懐剣くはいけんとかうしてひさうの
太刀なり ちかころ信州とかくし山
にて へんげのものをしたかへしも この
けんとそ聞えし
さて つなかおひには おもたかといひて もよ
ぎいとおとしのよろひに おなしけの五
まいかふとをそ いれられたり 太刀はおに
きりとかうして 源家ぢうだいのたから
なり このけんと申は よりみつの父たゞの
まんぢう ちくせんの国みかさのこほ
り土山といふところに いてうよりわた
りて 文寿といへるめいよのかちの候
けるを みやこにめしのほせ けんをうた
せられしか かのかちほんふのちから
にて たやすくかなはされは 百日しや
うじんし 八まんの御ほうてんにさん
ろうし 七十五日にきたいいだせる剣

(31)

なり おそらくは ゑんの太子かひしゆ
のけん かんのかうその属鏤の剣ともい
ひつへきれいけんなり まんぢうなの
めならすてうほうして これをもつて ざ
いくはのものをきらせてみたまへは ひ
げをくわへてきりけるゆへに ひげき
りとなづけらる そうりやうなれはより
みつこれをさうてんしてもたれけるか 
ちかきころ羅城もんにへんけのもの
のすみ候て ゆきゝのものをなやま
すと聞えしかは つなにこのけんをかし
たまはつてつかはさる つなはかしこに
むかつてしるしをたてしに たちまち
かのおにいてて たゝりをなしけるを 
きつてをとしたるゆへに おにきりと
はなつけけり かゝるめいよのけんなれは 
今度も給はつてはいたりける きん
ときはうすかねといふくろかはおとし
のかつちう 浪きりといふ太刀をはけ

(32)

り さたみつはたてなしとて こさくら
おとしのかつちう いしきりといふ太刀を
はけり すゑたけは花かたといふから
あやおとしのかつちう あざ丸といふ
太刀をはく この剣と申は ひせんのくに
よしをかのちう人 もりつねといふかちか
うちたるとかや さてもこの たひらくや
うに 男子とられ 女子をうしなふ き
せん上下おほかりし中に やんことなき
くきやうてん上人 三十六人とそきこえ
しその中にも むねとの人々池田の
中納言 八てう中納言 花その中納
言 ほりえの中書なとよりあひて 
今度よりみつをおにか城へつかはさる
こと ちよくめいといひ ふりやくといひ 
うちすましたまわんこと うたかひな
し これしかしなから 世のためなから ひ
とへに身のよろこひなれは いさやかの
人々はなむけをまいらせ かとてをいはひ

(33)

申さんとて いろ/\のざつしやうをとと
のへおくられけり 頼光は吉日えらひ 
すてにかとでし給はんとするとき 大
にはへ ながびつあまたかき入たり こ
れはいつくよりの御さつしやうやらん
と おの/\あやしみ侍る所に なかびつ
の中よりも しゆ/\大瓶〈へい〉大つゝさん
かいのちんぶつをとり出し ひろゑんに
つみならへつゝ これは池田の中納言殿 い
けなにかし たれかしの御かたより 頼
光ほうしやう四天わうへ 御かといてをい
はひ申さるゝよし申けれは 六人の人々
このよしを御覧して めてたし/\ 
さらはいくさ神にたてまつり かと出
をいはゝんとて 夜とゝもに酒えんを
なし給ふ 興たけなかはに 酔にく
はしぬれは めん/\はよろこひ いさま
しきまいをまはる つなはけんをさし
かさし はく太わうかおにをうちしと

(34)

ころをまへは きんときは 張子けか と
らをからめしありさまをまなふにそ
やたけこゝろもあらたにいさむ おもひの
かす/\に のゝめきわたれは いつしか
けいめいあかつきをつけ しのゝめの空も
ほの/\とあけ行 道にたひたちた
まふ
そも/\よりみつは源氏のとうりやう
武家の大将ぐんなれは すまんのぐん
せいをともなひ給ふへきところに 神託
にまかせ たゝ六人をしたかへつゝ す万
のきしんをたいらけんとて はる/\
と大江山にむかひ給ふ 心のうちこそお
そろしけれ されはこの六人は よのつねの
兵千き万きにまさりたる猛将な
れは けにたのもしくそ みえにける み
やこをは また夜をこめて にし川や
なみちをわけて あし引の 大江の山の
ふもとなる いくのゝ里につき給ふ 山の
とうけより あやしけなる人三人あら

(35)

はれ出たるをみれは 一人は八しゆんに
およへるけたかき老翁なり 一人は五十
あまりのますらを いま一人は四十はかり
の男なり 山中にすみたる人ともみえ
ぬありさまなれは 六人の山ふしたち 
これはもししゆてんどうしかけんそく 我
等かこゝにきたることをさとつて へんけ
してむかへきたるかとおもふ所に 老
翁けたかき声にて きやくそうたち
はいつくよりのおかへりそ とたつねらる 
よりみつ これはつくしひこさんより 大
みねかつらきしゆぎやうして それより
みやこにのほり 山陰道にかゝつて本
こくへとをり候 と申さる 老翁あら
せうしや この山ふしたちは 初心のそう
にておはするゆへにこそ かゝるなんじよ
をはへ給ふなれ そのうへとうこくに大
江山とかうして 天下にきこえしおにか
すみかの候なり いまたしろしめされ候

(36)

はぬか と よりみつ又とはれけるは さてそ
のおには いつの代よりこの国にはすみ侍
るそ いまもあることに候かと 老翁こた
へていはく むかしひゑいさんにしゆ天
童子といへるきじんありしか でんき
やう大し かの山をひらき こんほんちう
だうをたて給ふとき 仏陀のせめを
うけ かの山をおひいたされ あの大江山
にちをしめて みやこのへんとにわう
ぎやうし 万民をとりうしなふ 我ら
もみやこあたりにすみ侍るものにて候
か つまや子を かのおにゝとられ かなし
みのなみた いまにかはくことなし し
かるに つの頼光 かのきじんをたいら
けよとせんじをかうふり この大江山
にむかひ給ふよしふうぶんす もしさ
もこゝ翁もかの御あとにしたかひ
入て かたきを一うらみうらみはやと存
するゆへに この所にしはらくやすらへ候し

(37)

やうやく日暮候へは きやくそうも爰
にとゝまり給へかし それかしそんじの
やとの候へは いらせ給へかしとそ 申され
ける