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酒伝童子巻下

既に夜深 皆酔沈て 前後もしらす 
世間もしつまりけれは 各々六人
思ひゝに出立けり 頼光は日おとしの
腹巻に 件の翁より給りたりし
帽子甲を著 其上に 獅子王と申 
五枚甲を緒おしめ、二尺八寸有ける血
すひと云つるきおそ持給ふ 保昌は 
紫威の腹巻に 石割と云打刀を
ひつそはめ 余の者は 思ひ/\に具足し
て 二人の女房達を道しるへにて 重々
の木戸をそ通りける 日頃はさし
(4)
かたむる石の築地 鐵の門 夜部の酒
に酔臥て 一所もさゝさりけり
(5)
六人の人々は 門はつよく指たり 入へ
きやうなくして いかゝせんと思ひわつ
らふ所に 先の翁と山臥三人出来て
鐵の縄を四筋 此人々にあたへたり 童子
か手足につよくからみ付 四方の柱に
つなき付へし 五人の人々は左右により 
身にかゝらは 頼光は頸を打へしとて 
三人の人よりて鐵の門を開たれは 
餘につよくひらかれて 関貫おれくるゝ
き くたけてこそ あきにけれ 扨 人々 入
給ふへし 心をのへ 力を出さゝらん人は 
あしかりなむとて 又 三人の人々は 
かきけすやうにうせたまふ 
(9)
用心かたくしつる眷属共も 毒酒に
酔て おきあかるへき様はなし 去は誰そと
とかむる者もなけれは 所々の木戸
をも通り 石橋の上にのほりて見るに 
鐵のへいに門はあれとも 戸はさゝす 指
入て見に おひたゝしき鐵の籠有 門
戸の内に 関貫くるゝきを指かためけり 
いかなる鬼神成とも破て入へきやうなし 
籠を見に 四方にともし火を高くかゝけ
たり 用心のためと覚て 枕に大まさかり 
跡には金さい棒 其外 大なる鉾共たて
ならへたり 童子か臥たる姿を見に 昨
日には事外かわり ひたすら鬼の姿也 
髪はてんはいさうのことく まつけは針を
ならへ立たることく 手足も毛生て熊の
ことし たけ壱丈計にみゑしか 今は二丈餘は
有らむと覚たり、あをのき様に 手足
を四方へ踏ひろけ 十余人の女房共に
(14)
なてさすられて 高枕 いひきをかきて 
前後もしらすみゑたり 内には十余人
の女房たち 此人々を見付 うれしさ
かきりなし はやく戸をあけんと思ひ
けれとも 百人か力にてもかなふましき
鐵の門也 女のはからい叶ふへきやうなし 
唯内に立さはき こゝろをけす
計りなり
(15)
此人々悦て 我も/\と乱入 あし手に
鎖をからみたれとも 唯死人のことく
にしておとろかす 綱 公時勢をなし 
おとりかゝり 頼光は枕より立より 件
の太刀にて頸を打 一打にも驚かす 
二打にも落す 童子 すは思ひつる
物をと かつはと起あかる處を すき間
もなく切たまふ 三刀に頸は打落す 
むくろ 起あからんとする程に 鐵の縄 
二筋切て かためたる城なれとも ゆるき
わたりて くつるゝかとそ覚へたる 神力
にてあたへ給ひける縄なれとも やす/\
(25)
と引きりたり いかはかりの力なるらんと 
おそろしく五人の者とも 起あかるむく
ろを寸々に切 足手もあまたに成にけり 
頸は空にのほりて 毒気をはきかけ
たる わう水をつきて 力盡ぬとて覚
ける 暫く有て 頼光の甲のうへに
落かゝりて したたかにくゐつきたり 
帽子甲なかりせは 命あやうくそ
(26)
覚へける 獅子王はくゐとをし 帽子
甲に歯かた付ほとこそくゐ付たり
けれ 帽子甲を著たまはすは 命ある
ましきとの給し事 いま更思ひしら
れたり 誠にたつとかりし事ともなり 
(27)
頸をは取 眷属のやつはらをうたん
とて 童子 用心におきたりしまさ
かり取て 綱は出にけり 大庭辺に
有つる者とも さい棒 うちかたなを打
振て おめきさけむてせめのほる 頼
光 保昌はたかき所に居て 四天王
の者ともにそ闘わせける 綱もしさ
らす 石橋の本にたちて闘けり 
綱は三拾人か力をもちたり 火花を
ちらしてこそうち合ける 御号は
足はや 手きゝの大ちから 舞あかり 
おとりのき 闘けれは 頓に勝負そ 
(34)
なかりける 去程に 綱はみすまして 
むつとくむ 上になり 下に成て く
みあひけり いかゝしたりけむ 綱 下に
成て 既にうたるへかりしを 貞光 
つとよりて 御号か頸を打 また末竹
は棒を持て電光をいたし 打合
けり 霧王 大力の手きゝにて有
けれとも 末竹 息もさせす おかみ
打にうつほとに いかゝしたりけむ 
(35)
さかさまにうち落されけるを お
としも付す 押へて頸を取ける 
今弐人の者とも 思切て働き や
やもすれは 頼光 保昌を目にかけ
つゝ 走かゝり /\けれは 六人の人々 
手に餘りてそみへける かくて
有へきにあらねは まむ中に取
籠て 足もふみさためさせす 責ら
(36)
れて 終にうたれけり 頼光の給
けるは 此やつはらは おもひの外
に手こわき者哉 かくしては 四
天王の者ともうたれなむとそ の
たまひける 大庭に走出てみれ
は 夜部 さしも鬼とつら魂の
者とも成しか 皆々酔臥て居
たりけれは 思ふさまに指放 
(37)
切放しけれとも 起もあから
す 皆々 うたれけり 
(38)
扨 大門に出たりける者とも 酒
をはのまさりけれは これをきゝ
つけて 弐拾余人の鬼とも  異
類異形の者なるか おめきさけむ
てせめ入 おと百千の雷の 一度に
なるかことし 四天王の者共 まん中へ
乱入 くもて かくなは 十文字に
きりなし 頼光 保昌も いつの
ために命を●へき 餘の人々も
打あへとて おひつめ/\ 打
取ける 程なく 鬼ともうたれ
にけるとなん 
(45)
今日は童子か住家をさかす
へしとて さかしける處に 三拾
人の女房たち 扨も童子もうたれ 
眷属共滅ぬる時をおもへは 山も
岩屋もくつるゝかと覚へて きも
心も消はてて 有しかとも 人々を
見付てそ たゝ地獄の罪人の
地蔵菩薩に会奉心地して う
れしさ たとへむかたもなかりけり 
悦の餘りにも たゝ涙にむせふ
計也 此女房たちを案内者にして 
二階三階をひらき見れは 童子
か有しところ 金銀をちりはめ 
やうらくをかさり 七珍萬宝に
飽満てみへしかとも いつしか消
(52)
うせて 四季の景色 四方の.荘厳〈セウこン/かさる〉
も 唯 大石をたゝみたるはかりにて
よしなし 岩屋ひろく 大成在
所をみれは 人の骸骨 幾千万
ともなく 古もまた新もあり 或
は人を鮓にし 或は日干にしたる
もあり 又はいつくしき女房の頸 
手足なからはかり有もあり 
(53)
是を見て いとゝあはれそま
さりけり 女房達申されける
は 是こそ堀江の中務の娘にて
候え 此二三日 身をしほり 血を
出し いきのかよふはかりにてさむ
らひけるを 昨日の肴に出して
候つるは 此もゝにて候と申けれ
は 人々 あなむさんや ひとこそ
(54)
おほかるに 此人番にあたりて 
切れける事よ 命のかれてあらは 
なとか都に立かへりて 父母をも見給さ
らん 定業はのかれかたしとそ申され
               ける
(55)
猶眷属共の住家あり さかさせ給
へと申けれは 然へしとて 岩屋
ともかたわしに見ける所に 金熊童子 
石熊童子とて 一士当千のはらは
弐人あり 大力の手きゝ 足はやの
くせ者也 毒酒をせめのませ
けれは わう水をつきて 自か岩
屋に伏て 死人のことくなりける
か おとろきて、世間の様を聞 
口惜事候哉 云つる事よとて
(59)
具足し 岩屋にたて籠 綱 公時
攻入と見付て 岩屋に引篭/\ 
六七度まて闘けり 頼光の給
けるは 空引をして ひろく
出して 取籠て打と下知せ
られけり 此人々引れけれは 鬼共
かつに乗て おとりいて 具足を
捨 力を憑 大手をひろけて かゝる
(60)
處に 綱 以下の四天王の者とも くむ
て 押て いけ取にこそしたりけれ 
大力なりけれは 七すちの縄を
つけいましめ 引すへたり 童子は
申におよはす 眷属共も神通自
在を得て 広き海河をはしり 
堅き磐石をくたき 手きゝ足は
やの者そかし 去とも 武.略〈りやく〉の力
にてうたるゝ事こそ不思議なれ
(61)
抑 童子は鬼神の威徳自在に
して 大磐石も、所々の.巖●〈がんりつ〉も 
皆 心にまかせて重々の楼閣と也 四
季の.美〈ビ〉景も見ゑたりしか 童子
ほろひて後は 宮殿 楼閣 四季の
会所 みな失て 本の岩屋となる 
まして眷属の鬼共は 通力つきて 空へも
のほらす 鳥のことくにもとはすして 皆々 
うたれけるこそ無.暫〈さん〉なれ 
(62)
いかなる鬼神の通力にても思寄
ましきは、繕六人にて かく執うち
平へしと云事を かゝる悪魔悪鬼
をたちところに討罰せしめし事は 
希代の不思義 .後昆〈かうこん〉の.美談〈びだん〉と申
へきにや 扨 岩屋もくつし 誉罵
共かありかも皆破却して 生取の
鬼とも少々切捨 童子か頸 又は むね
との者とも頸 四天王の人々 山の中を
かつきつれてそ出たりける 三十
余人の女房は 我も/\と悦て 皆々出
(66)
けるか 堀江の娘の死たるを 人々歎て 
ひんの髪を少切て 父母に見せ奉らん
とて持て 千町か嶽をも越 しかはあら
ぬ世界に出たる心地して社有けれ
(67)
都には 頼光 保昌 鬼の頸もたせて上
給ふと聞へしかは 郎等共は申に及はす 
聞及程の人々は 皆迎に参ぬはなし 
大名逹は申に及はす 都入は一萬騎と
そ聞へし 天子を初めまいらせて 万
民に至迄 今にはしめぬ事なれとも 此
度国土の大事 万民の歎をやめ 君の
御いきとをりをも やすめ奉るのみな
らす 其身の高名たとへを取になら
ひなしと ほめぬ人社なかりけれ 
京入の時は 四条川原より三条の大路
迄 輿車 貴賎上下いく千萬と云
(71)
数をしらす 上代にも未代にもためし
有へからすとそ申ける 池田の中納言
国方卿の娘 帰洛と聞へけれは 父母
めのとに至迄 悦申事限隙なし 迎の人
々引つくろひて侍たりける 其
外 三十余人の中に ほりゑのなに
かしのむすめも 帰京と聞へし
かは 各にたつねけるに、或女房む
(72)
なしくなり給ぬと申されけれは 
迎の人々 鳴/\帰りにけり 今更 
歎の色もふかくなりにけんかし 
(73)
かくて 堀江の中書は 其中にひたし
き女房を請して問給ひけれは 
有し事とも始より終に至まて 
委語て後に 護とひんの髪とを
取出して奉る 是を見給ひて 日来
は 失ぬれと もしや帰来こともや 
と頼ことも有つるに 形見社今はよし
なけれ 年暮日重とも 夢ならては 
いかてか見るへきとて もたへこかれ給ふ
事かきりなし 去間 朱雀に御堂を
立 橋を渡し 諸仏教法のいとな
みより外はなしとそ聞へける
(80)
頼光 兼て宣旨を蒙り給ひしに 
氏神八幡宮に参 此事を祈申
さる 余の人々も 神明の加護ならては
深く頼事なしと祈申しゝにより 
高名の誉 末代残れり 難有とそ申
ける また 晴明か卜.筮〈セン〉まさしき事 昔
より今に至迄 希代の相人ありかたし 
と上一人より下万民 ほめ悦はぬは
なかりけり 或人申けるは 一條院は
弥勒の化現にてまし/\ 頼光はまた 
毘沙門の化身也 御門は仏法をひ
(84)
ろめ 衆生を済度せんかため 頼光は
仏法怨敵をふせき 国家を守護せんか
為に化現して 武家の棟梁たり し
か● 大悲のちかひとして 群生抜
済の為難有事共也 酒伝童子は 
大六天の魔王なり 明君の威法を
おとしめ 仏法の為にに●敵となりて 
鬼神の寿量を感せり 是等の次
第 皆聖教に説所也、抑此人々の振
(85)
舞 上こにも有かたし 公家の綱人 
武家の勇士たり おほかたならぬ
軍功也 相人晴明にいたるまて 希代
不思義の英雄たり 然は 風雨の
うれへ 火災の恐れなくして 国土
富貴 都鄙繁昌す 明王の威徳
あらはれましますゆへに 薩埵の化
現と申あへるも理なり されは今
(86)
の世に至迄 鬼神の定寿といふ事
なし 仏法●霊験ある時は 滅却
踵をめくらさゝる者なり
(87)
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