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酒伝童子繪巻巻上 夫 日本 穐津島は 神国なり 天神 七代 地神 五代也 仁王の代と なり 聖徳太子 始て 佛法を 広め むか為に 母となり 人民を はこく み 慈悲を たれ給ひけるにより .以来〈コノカタ〉 聖武天皇 延喜の御門迄 仏法 王法 盛なりける .政〈まつりこと〉を すなほに 憐.愍〈ミン〉 の 慈悲を たれ給事 唐.尭〈キヤウ〉の昔 .虞〈ク〉舜の 古にも こえたり されは 風 .和〈ヤハラカ〉にして 枝をならサす 雨 靜にして .塊〈ツチクレ〉.破〈やふ〉れす 國土 安.穏〈ノン〉にして 人民迄 |
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楽々 ゆたかなり 就中 一條院の 御宇に 至る迄 末代なりと 申共 王法と 猶重、佛法もまた 盛也、国土 には 風雨の .愁〈ウレイ〉もなし 五.穀豊穣〈こくほうにやう〉 にして 四海 豐に 国土にハ .回〈くわい〉禄の .災〈なけき〉も なかりしかは .充〈しう〉満 いらかを ならへ て 隙もなし かゝりけれは 武家の 忠臣 .公卿〈クキヤウ〉しうらかたの 正かりし 相人迄も 不思儀なりし 人々 此世に |
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[ 確認待 ] |
集 上代にも 末代にも かやうの物とも 有へし共 おほえす 天下の 富貴 繁 昌 今の時也けれは かゝる御代に あひ奉る事有へし共 思はすとそ 申ける 然に 都に 不思儀成事 出来 人民を.撰〈ヘらバす〉ます 容顔 よかり ける 女房 多く うせける |
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初 五人 十 人は 其身の ふてうか または 修行遁 世かといひて、内々 歎悲といへとも 披露するに及はす 餘に 事重て 人 多く うせけるは 天下の .悩〈なやみ〉 萬民 の嘆 申計なし 何所より 何者か 取とも、又 魔縁の 物のしわさとも 知 たらは社 如何なる 方便もあらめ 只 いかゝせんと 歎悲しむより外の事は なかりけり されは 天下の御威も及 かたく 武家の力も いらす |
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菟も角も しつへきやうなかりける處に 池田 中納言國方卿と申人 おはします 御門のきそく目出度、萬寶に あき みちて 心に 叶はすといふ事なし 姿形 .厳〈ウツクシキ〉姫 一人おはしけり 誠に目出 度 心さまに いみしかりしかは、國方卿 類世になき物のやうに もてなし かしつき給ふ 然に 有よの夜半斗 |
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に 失て 見え給はす 父母 めのと 歎悲事 なのめならす 天にあふき 地に伏て もたへこかれ給へとも 其 かひ そなき あまりの思にや .霊〈レイ〉佛 霊社に参て 種々の願をたて さま/\ 志をいたして 歎申されけり 人民の習ひ 高も賎も 子を思悲 五人 十人持ても おろかならす |
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.況〈イハンや〉唯 一人の姫君を 失なひて さこそ思ひ たまふらめ ことはり過てそ 覚へけり 其時 清明と申て 正しき 相人侍り けり すいてう .掌〈たなこゝろ/しやう〉をさすかことし 符しと符する事 たかふ事なし 天魔 悪霊も 少も たかふ所なし かの 相人を 請て のたまひけるハ 我 七 寶の家に生て 栄花 身に余 |
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官位 心にまかせたり 何事に付て も 我心に 不足なし 然に 我 一人 の子を持たり 身にかへて 大事の 宝よりも おしく あらき風にも あて しとこそ おもひしに 斯一日の夜 よりして 暮にうせて 見えす されは 不思儀に おほへ侍けり 此間 都に 女房 多く失ぬる事なれは さやう の事もや あるらんと おもヘは かなしさ |
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申計なし 可然は うらなひて 符 しよせて 今一度 我等にみせ 給へ 此願 満へくは 悦の報.答〈とう〉には かす/\の 宝を申へし 先 散供 宝 .幣〈ヘイ/さゝけもの〉の為とて 種々のたから を つかはす 清明 七日七夜 行て うらなひ替て 彼 國方卿に 奉る 彼文にいわく 都より 北 |
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いふき の 千町か嶽といふ所に 岩屋あり 則 鬼の住家也 彼 鬼のしわさなり 姫君 未 不死給 吾 神符をもって 鬼を符すといふ ゆへに 悪鬼の岩 屋の わう死をのかれて、父母のかう かむに 悦ありと 記申たり |
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國方卿 君の御気色 ならひなく して 何事も 申行れけれは 此 うら なひの文をもつて .軈〈やカテ〉て .奏聞〈そうもん〉す 則 公卿 せんき有 諸家の儀を 宣られけり 有大臣 申されけるは 昔 さる事の候けるを 伝承り候 嵯峨天皇の此 人民多取失 国土の 歎申計なし 其時 弘法大師を 勅として .呪咀〈しうそう〉せしめ給ふにや 人 失事 とゝまりき 今の世には 呪 咀すへき 効験僧もなし |
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事の心 を 案するに 先 頼光をもつて .責〈せめ〉ら れへく哉 其故を いかんと申に 彼 頼光と申は 清和の後.胤〈イン〉として 武家の.棟梁〈とうりやう〉たり .ち〈チ〉から 人に 勝て たけき事 ならひなし .焚〈ハン〉會も 及かたし 眼の光 おそろしく 神通をそなへ 自他の 善悪を 能々かむかへてみる事 掌を |
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[ 完了 ] |
指かことし されは 神明もこれを 加.護〈ゴ〉し給ふ 天魔も恐ぬへし 宣旨を蒙 向所の敵を滅さすと 云事なし 古も今も難有武將也 と申されけれハ 諸家皆々同心 して 頼光を召れけり、頼光 赤 地の錦の直垂に 小具足計にて 四天王の者共 綱 公時 貞光 末武、 |
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召具して 南殿へそ参られける 則 國方卿蒙仰て .階〈キサハシ〉を.下〈ヲリ〉 帝 を受て 朝敵をたいらけ .誉〈ほまれ〉 を天下にほとこし 威を天下に 振事 当朝にあへて かすうへからす 然に此度は、武家の為、国土のため 萬民のため也 一天四海の主として 万民の為には父母たり されハ 国土 憐 慈悲をたれて、いかんかせんと |
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思召所に 当代にかゝる事出来 萬 民の歎悲事をおほしめされて .朕〈チン〉か ためもつて 深敵也 伊吹の千町か 嶽と云所に鬼有 人民を取失 事いくはくそや されは 天下の 大事 万民の敵 是に過たるはなし 汝 急彼所に向て 彼悪鬼を滅し 国家のいきとをりをもやすめ |
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万民の歎をはこくみ 朕かためには ならひなし忠節也 又 汝か為に 名.譽〈ヨ〉成へし 時日をめくらさす .退〈タイ〉治す へき●と仰られけれは 頼光 子細 に及はす 謹.勅答〈チヨクとう〉申て出にけり |
(22) | |
.軈〈やかて〉 宿所へかへり 四天王の者ともに議 定せられけり 頼光のたまひけるは 能々 事の心を案するに .凡〈ほん〉夫の力にて 及かたし 仏神の加.護〈ゴ〉をたのみた てまつるへし 国のため 身のため なれは なとかは神明も加護し給 はさらんやとて 各 氏神に祈申 さむとて 頼光は八幡宮へ参詣 して 三日三夜籠 霊夢を蒙 悦の神事取行はれけり 頼光 下向してんけり 綱 公時は住吉へ 参けり 貞光 末竹は熊野山に まいり 頭を地につけて 祈精の神事 執行けり |
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去程に 頼光の給ひけるは 存する旨 有 大勢にて入へからす 汝計り召 具へし 其外は 保昌をかたらふへし 都合六人 各々 面々に出立て を一丁宛かけたり 頼光 笈の中に 日威の腹巻に 獅子王と云甲をそ ゑて入られけり 雲切とて 二の剣有 二尺一寸の血すいをそ入られける 保昌は 紫糸威の腹巻に 石わりと いふ小長刀 二尺餘に有けるを 中こを 切 つかを三束計にこしらへて 馬の尾 にて ねたまきにそまかせたるを入 られける 綱はもよき威の腹巻に 鬼切と云打刀 二尺に余たるを入ら れたり 此外は各/\にこしらへて入ら れけり、又 篠筒と名付 竹のよを切 酒を入て、笈にそ付たりけれ |
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各々都を立て 近江國を通り 伊吹 に着けれは 大山を尋て 千町か嶽と 云所を 人毎に問けれは 唯不知と.耳〈ノミ〉 .答〈コタヘ〉けり 山を越 野を過事限なし .魂〈タマシイ〉ほれて 戸方を失 目も心も迷 身心くるしみ 骨すゐをくたき 前 後はう/\として おんはく計にて 野 暮 山くれ行程に 大なる堀有 立 寄見に 在家有 五十余なる男二人 山臥一人立たるに 綱申けるは 此者 |
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共は 鬼の眷属ともとおほへ候 是をとら へて 事の子細を尋候はゝやと申けれは 頼光 の給けるは 去事有へからす かれらに 心を付てはあしかるへし 先 取寄て 能様にあひしらい 心を取 城の案内 をとい 道すから何事をも尋へしとの 給ひて 各々立寄て云けるは 我等は 諸國修行の者にて候か 道に迷来り 是は如何成所と申そ 是より大道ヘは |
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何方へ出へき 教へ給へと申されけれ は あなおそろしや 何人なれは 此在家 へは来り給そ よ所にて聞給たる 千 町か嶽 鬼か岩屋と申所にて候 .尋常〈ヂンシヤウ〉 の人来給事なし あれ見給へ 堀 のむかひに候山社 千町か嶽と申候 烏 たにも かけりかたし |
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あの山のあなたに 鬼か岩屋と申所候 なり 岩屋ちかく候ヘは 常に眷属とも出 て遊ひ候也 其より帰給へ 我をは 鬼の眷属とは思給へからす 我等もさり かたき人を此鬼にとられ 此.敵〈カタキ〉を取 む為に 此所に候へとも 我等かカ計にては 不叶して 年月を此山に過候也 我等にこゝろ置給ふな 各々を見 奉れは 只人にてはおはせす、是へ入せ給 へ 物申さんとて よひ入て 次第に 取寄 打とけて 物語を申けり 頼光 各 一まいらせ候はんとて 酒一とり出て 三人の人達を 心を能々とらんか為に 三人か中にも 主人とおほしくて 座上に 居たる翁にすゝめけり 盃を引へての給 ひけるは 猶も 各々の有様を見奉に 大宿願ふかき人也 御心をゝかすあり の侭に語たまへ 我も力をそへ申さん |
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また 鬼か岩屋のありさまとも 委知 て候ヘは 教へ申さむ、千騎万騎をいそつ |
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しむかひ給とも 各の力にては叶まし 神明の加護計事をもつて滅給 へしなとゝ 憐愍の色あらはれて のたまひけれは 是程に見しり 我等 を哀たる色 唯事とも不覚 若は 山神 扨は 我等か氏神の力を合せんか ために現し給ふか さらは頼まんと 思ひて 有のまゝに語れけり 其時 三人の人も 御志浅からす、有かたき 哀に思ひ奉り さらは我も御 供申さんとて 上座に居たる翁 の たまひけるは 此者とも 酒を愛して 呑事 身を失をも不知打とけ 物 語申也 此酒を能々せめ呑せへし 各相構て露計も口に入給ふへから す 毒の酒にて候也とて 内より酒 を取て 人々にあきたる さゝ筒に |
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入てそ持せたる 又 帽子.申〈甲〉取出て 頼光に奉る ときんの下に 能々 著 給へし 此鬼は神通の眼明に して 其人ゝをよく見 心中を よく知者なり この甲をたにも 著給たらは 見ゆる事有へからす またさま/\のちかひをなし 種々のはかり事をいたして |
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人をよくこゝろみる者にて候 なり 彼鬼たしぬき候はんに おち給へからすなんとゝあるへき ほとの事を委の給ひけり |
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さらはうち立給へとて 三人の人々 を先立にして立出けり 都合九 人也 扨 堀の辺へ立寄て見れは 大に広深して底も見へす 三 人の人のゝたまひけるは 各 越給はん 事難有とて 三人輒とひ越て むかひに大まきのたをれふし たるをとりて はしにうち渡 して はや渡り給へとのたまヘは 六人わたられけり 又 千町か嶽といふ所を見るに 峨々 たる磐石 半天雲を引 冷々 たる巌 蒼々として道もなし いかにせんと思ひける処に 三人の |
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人々を先立として 岩のさかしき を踏 手足の形を付 あまりに さかしき所をは 手を引登り けり やう/\ さま/\にして 烏も かけりかたき磐石を する/\と 上あかつて 岩屈有ける口にそ着 たりける 此先立の人々振舞 唯人ともおほえす 鬼神のふる 舞なりけれは |
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彌たのもしく 社思はれけれ 扨 穴の内へ入て見 に いつくか道ともみえす おそろし さ申はかりなし こは何と成 へきやらんとおもひて 三人の人々 を先立としてゆけとも 道もなし 彼一行 阿闇梨流罪のつみを 蒙りて 闇穴道におもむきしも 是 にはいかてまさるへきと 今社思ひ しられけれ |
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十二三町も過ぬらん と思ひけるに 穴の道にそ出にける |
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爰に谷川一流たり 三人の人々 の給ひけるは 此川につゐての ほるへし 又 城の内にては出合 力を合申さんとて 我は是 真 の八幡 住吉 熊野の御すいしやく とて かきけすやうにうせ給 ひけり 寛文六年 ●月吉拝日 三谷●●写 |
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